最近旅先で何気なく手に取ったロブ・レポート誌(Robb Report ,2016年4月号)はなかなか面白かった。これはラクジュアリー・スタイル本で、(当方には関係ないが)豪華なヨット、時計、宝石、豪邸、エアラインのファーストクラスの食事比較などが取り上げられている。
この4月号はカー・オブ・ザ・イヤー特集号で、2016年のスポーツカーと超高級車のみを対象としたランキングを行っている。これには、すでに20年以上の歴史があり、高い評価を受けているようだ。ちなみにわれわれが頭に浮かべるカー・オブ・ザ・イヤーは、モーター・トレンド誌などが行うもので、大衆車などを対象としており、ここでのランクとは重ならない。
ランクの第一位はフェラーリ488GTB、第二位はマクラーレン650Sスパイダー、第三位はランボルギーニ・アベンタドールLP750-4だが、第四位にテスラSP90Dが入っている。第五位がメルセデスAMG-GTS、第六位がポルシェ911TARGA4-GTSだから、ベンツやポルシェを抜いてテスラがスポーツカー/超高級車の上位にランクされていることがわかる。
このランクを見て興味深いのは、フェラーリやマクラーレン、ランボルギーニは、超高級スポーツカーであり、高価だが(少なくとも2,000万円以上する)、スピード感覚や操作性がその価格を払っても惜しくないというユーザーがいることだ。ところが時速100キロに達するまでの時間を比べると、フェラーリ3秒、マクラーレン2.9秒、ランボルギーニ2.9秒であるのに対し、テスラSは2.8秒である(1万ドルのオプションを装着)。つまり高速性において並み居るスポーツカーをテスラは凌駕しているのだ。しかも値段は930万円から1,200万円程度(価格コムによる)でフェラーリなどに比べてはるかに安い。ちなみに超高級車であるメルセデスAMG-GTS(百キロに達すまでの時間は3.7秒)やポルシェ911TARGA4-GTS(同、4.1秒)の価格は2,000万円弱のようだ。
面白いのは、ユーチューブに出ていたのだが(夫の「テスラ モデルS」と妻の「テスラ モデルX」でゼロヨン対決したら衝撃的な結果になった:Gigazine,2016年2月20日号)
1台のテスラをご主人(カーレースに慣れている)が運転し、もう一台を奥さんが運転して、カーレース場の直線コースでスピードを競い合うと、両者はほとんど同時にゴールに到達していることだ。テスラはフェラーリなどと違い、素人が運転しても上記の性能を出すことが可能なのだ。
つまりテスラは高級車並みの値段(約1,000万円)で、ユーザーに高級感だけでなくスポーツカー並みのスピード感覚を楽しませるクルマだということだ。某自動車メーカーの社長が「ワクワクしなければクルマじゃない」と述べたようだが、まさにテスラはこのスローガンにあてはまる。
テスラの特徴は、ロブ・レポート誌の審査員の一人が述べたように、「信じがたいスピード、環境にやさしく、もっとも安全なクルマ」に尽きるといえよう。
テスラは今年に入って、大衆車モデル3を発表し、購入予約が30万台を超えたという(FT、2016年4月10日)。ただしSUVとして発表したモデルXは、ファルコンウィングの開け閉めで苦労しているようだが、ともかく話題には事欠かない。
テスラの戦略を見ていると、わが国でCDが発売された時を思い出す。当初のCDプレーヤーはたしか20万円以上したはずで、まず金持ちのオーディオ・マニアをとらえ、量産効果が出てから大衆商品になり、現在では数千円でもおつりがくるほどのコモディティとなった。
テスラは電気自動車に参入するに当たり、まず環境にセンシティブな金持ち層に焦点を当て、彼らが気に入るクルマを開発した。しかもそれはスピードで従来のスポーツカーを上回る性能を持っていた。その成功をばねにして、大衆車に参入を試みている。すでにカギはリチウム電池のコストにあると見極め、量産工場だけでなく、鉱山の確保まで動いている。
日本経済は、アベノミクスではなく、やや極言すれば、クルマで飯を食わせてもらっている。クルマの世界がものすごいスピードで変化する今日、日本の生きる道はどこにあるだろうか。ちなみにテスラの社長であるイーロン・マスクは燃料電池のことをフール・セル(fool cell)と呼んでいる。
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