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アクシデンタル・ポリティシャン論   政治システムに“ゆらぎ”を

アクシデンタル・ポリティシャン論

  政治システムに“ゆらぎ”を

  2017.12.23

      

・本年10月に衆議院議員選挙が行われ、雨の中、有権者は投票所に足を運んだ。選挙の結果は与党が圧勝したが、この結果を国民が特に積極的に求めたとは思わない。筆者を含めた多くの人が、やむを得ず投票に行き、選択肢のないことに不満を抱きつつ投票を行ったはずだ。

 

・投票に気が乗らない理由は、積極的に投票すべき候補者も政党も見当たらないからだ。たとえて言えば、金を渡されてスーパーに買い物に行ったが、買うべき商品が見当たらないにもかかわらず、仕方がないので欲しくもない商品を買ったことと似ている。

 

・こうした状況に対して、政党や政治学者などから様々な改革案が示されている。新党構想や新たな政治家リーダー待望論などはその一例だ。しかし、ここでは全く異なる角度から日本の政治システムの“改革”案を提示してみたい。

 

・アイデアの元は、イタリアの若き物理学者プルチーノ等が書いたアクシデンタル・ポリティシャンという論文だ。これは“政治家くじ引き選出論”とでも訳すべきかもしれないが、ここでは原語のままにしておく。この論文は、最近邦訳の出たタレブ(ブラック・スワンで有名)の「反脆弱性」にも引用されているからご存じの方もいるかもしれない。

 

・プルチーノは民主主義の元祖であるギリシャでは、政治家の一部は投票ではなく、くじ引きで選ばれたという。なぜこのような仕組みに意味があるかを、最新のエージェント理論を用いて証明したのがこの論文である。ちなみにエージェント理論は、経済学の分野でも、DSGE(動学的確率的一般均衡モデル)に代わって注目されているエージェント・マクロでも使われている。

 

・プルチーノの計算例では、議会の定数500人で、与党が6割、野党が4割という2大政党制が取られたとき、150人をくじ引きで選べば良いという。つまり350人は選挙で、150人はくじ引きで選ばれるということになる。ちなみにこのくじ引きの人数は、与野党比率や議員定数によって変化する。このくじ引き選出議員は選挙で選ばれた議員と全く同じ権利を持つ。つまり任期の間、多額の報酬と、政策提案権が与えられる。この150人という人数は、与野党が政策を議会で通したいときに、一定の影響を与える絶妙な数字だ。この150人を与野党どちらが味方につけるかで、結果が変わってくる。このため政策内容に膨らみがでて、多様な民意に添う可能性が高まる。しかもくじ引きで選ばれた議員はランダムに選ばれるから既存の圧力団体や、利益代表団体とも無縁である。したがって議会では、長期的かつ特定団体の利害にとらわれない判断や発言が可能になる。こうすることによって議会の運営効率は飛躍的に高まるというのがプルチーノの主張だ。こここで運営効率とは、その社会が当面する様々な課題に対して、議会で先見性がありしかも有用な対策が提案され、実現されることを意味する。

 

・これは、例で考えるとわかりやすい。たとえば今回の衆議院選挙では、消費税が論議の的になった。しかし既存の政党間で、この問題に関してまともな議論が行われたとは思えない。既存政党が論じたのは、せいぜい税の使い道か、増税実施時期の変更だけだ。かりに筆者がくじ引きで選ばれたら、まず論点の整理から始める。政党論議から抜けている重要な論点は2つある。

 

 ①消費税引き上げは景気にどのような影響を与えるか。もし消費税引き上げが、景気にマイナスの効果を及ぼすとしたら、消費税率の引き上げは、かえって税収を減らす可能性がある。消費税論議に基本文献として使われるのは内閣府の中長期財政見通しだが、ここでは成長率を所与として結果が出されており、この問題に対する回答は含まれてはいない。

 ②消費税引き上げは、近い将来生じる可能性のある財政危機の切り札になるのかどうか。仮に今回の消費税の引き上げが税収を増やすとしても、それは財政収支を好転させるほど十分な効果があるか。この点に関しては、財政収支を改善させるためには、10%どころか20%以上に引き上げる必要があるという議論もある。今回の10%引き上げは、増税の通過点かそれとも最終ゴールか。この点も政治家は当然のことながら触れたがらないので、論点にはなっていない。

 

・しかしこうした論点抜きで、A党は消費税10%引き上げ、B党は税率アップを凍結などと叫ばれても、有権者としては、どちらに入れるべきか、判断のしようがない。

 

・これにつけても感じるのは、政治家の専門性とは何かという問題である。たとえば理論物理の学会にくじ引きで素人を参加させても、議論を深めるのに何のプラスもないだろう。こうした場合、くじ引き選出システムは役立たない。しかし政治の世界ではどうだろか。現在ベテラン政治家といわれている人々は、何らかの誇るべき専門性を持つのだろうか。くじ引きで選ばれた素人といわゆるベテラン政治家を並べたとき、後者に何らかの強みがあるのだろうか。ベテラン政治家が誇れるのは、長い間政治家をやってきたために、関連業界と深い関係を持つとか、もしくは役人の取り扱いに慣れているといったことしかないのではないか。これは単なる癒着であり、専門性とは関係がない。

 

・一定数の政治家をくじ引きで選ぶというのは、ここにポイントがある。特に2大政党制になってから、政治論議に多様性が失われつつある。1994年まで行われていた中選挙区制のもとでは、複数定員制であったため、保守党でも、改憲派が一人、護憲派が一人という形で政治家が選ばれた。しかし現在の制度では、各選挙区の定員は一人で、各党一人しか立候補できない。しかも政党の公認権は幹事長が握っているから、執行部の意に反する議員は公認の見込みすらない。また党議拘束があるため、党議と反するような投票や発言を所属議員が国会で行うことはほぼ不可能になっている。こうしたことが日本の政治システムの弾力性を失わせている。

 

・エージェント理論が提案するのは、硬直したシステムに“ゆらぎ”を与えて、活性化することだ。これを技術的に言えば、局所解に陥っているシステムに渇を入れて、大域的な最適解への道を探ることに通じる。これは遺伝子アルゴリズムがよく使うやり方だ。

 

・話は飛ぶが、剣道の北辰一刀流の構えにセキレイの構えというのがある。つまりセキレイの尾のごとく剣先を緩やかに揺らすことで、攻守どちらでもとれるよう体の柔軟性を保つやり方だ。体が硬直してしまえば、相手に打ち込まれてしまう。また攻め方も単調になりがちで相手に読まれてしまう。

 

・今の日本の政治システムには、こうした“ゆらぎ”が必要だ。民主制のふるさとギリシャの故事にならって、議員のくじ引き制を導入したらどうだろうか。そうでないと、人々は早晩現在の政党政治制度を見放し、民主制とはほど遠いシステムに期待をもつことになる。

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(参考文献)

Pluchino A.,Garofalo C.,Rapisarda A.,Spagano S.,”Accidental politicians: How randomly legislators can improve parliament efficiency”(アクシデンタル・ポリティシャン、ランダム化の導入が議会の効率を改善する),Physica A.,390(2011),3944-3954

ナシーム・ニコラス・タレブ、「反脆弱性」、望月衛監訳、千葉敏生訳、ダイアモンド、2017年, 180ページ。

内閣府、「中長期の経済財政に関する試算」、H28.1.21