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NHKスペシャル,「”脱炭素革命”の衝撃」をみる。

NHKスペシャル,「”脱炭素革命”の衝撃」をみる。

  2018.01.13

 これは昨年12月17日のNHKスペシャルで放送された番組である。筆者がこれを観たのは、知人からDVDを借りて観た本年初めのことである。率直に言えば、内容は、やや物足りない。それはおそらくこの番組を作ったディレクタが、温暖化問題の本質を理解していないからだろう。テレビのディレクタが温暖化問題の専門家になれとは言わないが、番組を作る以上、問題の本質とは何かについて、基本的な”理解”を持つべきだろう。それがこの番組には欠けているようだ。

 

 2つほど説明が抜けている問題がある。第一に、なぜ諸外国がパリ協定などで、地球の平均気温を産業革命以前より2度Cアップで止めることを目標にしているかの説明だ。

 

 その鍵は、地球の気候が持つ固有の不安定性にある。地球温暖化問題を扱う学問を気候学という。その分野の標準的教科書であるザルツマン(エール大学)の「気候動学」(Dynamical Paleoclimatology)は、地球の気候特性を、非線形性と不安定性でとらえている。つまり普通の人が考える安定システムと、地球システムのダイナミクスはまるで異なると言うことだ。具体的に言うと、気候感度という問題がある。これは、地球の温度上昇がある閾値を超えると、ポジティブ・フィードバックを起こして、さらなる温度上昇を招く可能性があるということだ。こうした非線形的変化が平均気温上昇2度-4度あたりで起こる可能性があるといわれている。本当のところは誰にもわからないが、こうしたカタストロフィックな状況を避けたいという認識が、地球の温度上昇を2度に納めたいという議論の背景にある。NHKスペシャルではこうした説明が抜けているので、日本の視聴者からみれば、なんで外国がそれほどまでにパリ協定にこだわるかが理解しにくい。

 

 NHKスペシャルの第二の問題点は、温暖化問題を巡る日本固有の問題に触れていないことだ。それは2つある。第一は温暖化問題における原子力の位置づけだ。実は311が発生する前は、日本流の”低炭素社会”は原子力発電の急拡大を前提としていた。この前提が崩れた現在、どのように低炭素化を実現するかが現在の日本の重要な課題となっている。

  

 第二の問題点は、再生可能エネルギーの普及を、日本では補助金漬けにしたために、国内メーカーが大きく育つことはなかったことだ。たとえばソーラーパネルと言えば、かってシャープや京セラが世界的メーカーだったが、いまは外国メーカーにやられて見る影もない。これは自動車産業と比べればわかりやすい。トヨタやホンダが政府の補助金で会社を大きくしていれば、今のような世界メーカーにはならなかったはずだ。再生可能エネルギーに関して、こうした甘えをなぜ許したかは、温暖化問題のみならず、日本の今後の産業構造のあり方自身にも関わってくる。これについても、NHKスペシャルは触れていない。

 

 いくつか苦言を呈してきたが、この番組には良い点もある。それは温暖化問題を巡る日本の動きが、海外との動きとまるでかけ離れ、ガラパゴス化していることを報じたことだ。ガラパゴス化が進んだのは、マスコミにも責任の一端があるが、この点をまじめに報道したのは、評価できる。

 

 ちなみに当方が開発中のソフト、e予測:エネルギー環境2040は、こうした思考のギャップを埋めることを目指している(2019年1月発売予定)。

 

(参考)

・Saltzman B., Dynamical Paleoclimatology,Academic Press,2002

・Torn & Harte, “Missing feedbacks, asymmetric uncertaintities and the underestimation of future warming”, Geophysical Research Letters, Vol.33,L10703,2006

・Weitzman M.L.,”On modeling and interpreting the economics of catastrophic climate change”,The Rev. of Economics and Statistics,Feb. 2009,Vol.XCI,pp1-19No.1,