垣根涼介氏とアーシング
2018年4月21日
作家の垣根涼介氏は「君たちには明日はない」シリーズで有名だ。これは企業のリストラ請負人の真介を主人公として、リストラの対象となる様々な業界の中身をえぐる、面白くてちょっともの悲しい物語だ。筆者のお気に入りは、”借金取りの王子”だ。これは何回読んでも心が揺さぶられる。
このシリーズのひとつ「張り込み姫」の”みんなの力”を読んでいて、面白い記述にぶつかった。垣根氏はどうもクルマのメカニックに詳しいようだ(http://kakineryosuke.jp/profile/carAndLife.html)。ここでタイトルのアーシングに戻るが、これはクルマを流れる電気をスムーズに通すためにアースを適切に設置する作業のことである。これがうまくいくとオーディオの音は間違いなく良くなる。燃費が改善するという説もある。この小説では腕の良いメカニックがお客の注文に応えてアーシングを施すシーンが出てくる。これで思い出したのは、第二次大戦中の空中戦を巡るエピソードだ。アースの取り方が、空中戦の成否を左右した可能性がある。
防衛庁の技術専門家だった徳田氏が第二次大戦中の戦闘機の無線電話について書いていることだが、日本の戦闘機に装着された無線電話機は雑音が多く、パイロットに毛嫌いされたという。実際、零戦のエース坂井三郎氏は、「雑音の発生と音質の悪さは何とも最低であった」と述べている。
これではパイロットは無線電話を使いたがらないだろう。空戦中に、耳の中でザーザー雑音が聞こえたら、戦闘に差し支えが出る。たしかに第二次大戦中の飛行機は内燃機関を積んでいたから、点火プラグから発生する雑音はかなりのものだったろう。問題はこの雑音をどうやって減らすことができるかだ。
日本の空中無線電話機の雑音の元は、通常云われているように真空管の劣悪さによるものではなかったようだ。戦後になって米軍機の整備を任された日本の技術者は、米軍機の雑音の少なさはアースの取り方によることがわかって愕然としたという。つまりアーシングの腕が、日米空中戦の成否を分けたといっても良い。
これほどまでにアーシングは重要な技術だ。そこで思い出すのだが、テスラのようなEV(電気自動車)は、内燃機関が搭載されていないので、点火プラグから発生する雑音はないはずだ。テスラの試乗記にいつも述べられている「オーディオの音のよさとクルマの走行音の静けさ」は、エンジン不要のEVのメリットかもしれない。テスラのアーシングをちょっと見てみたいものだ。
(参考)
・垣根良介、「張り込み姫」、新潮社、2010年
・徳田八郎衛、「間に合わなかった兵器」、公人社NF文庫、2002年,p169
・坂井三郎、「零戦の真実」、講談社α文庫、1996年,p110