アラン・チューリングと「イミテーション・ゲーム」
2018.06.24
個人的な話になって恐縮だが、アマゾン・ファイアスティックを愛用している。これはプライム会員用サービスで、wifi環境さえあれば、これを使って映画やテレビの連続ドラマなどをいくらでも見ることができる。
このシステムが優れているのは、第一に見たい映画の候補を選んだときに、その内容が説明文として示されることだ。このため、タイトルに惑わされないで、興味を持った映画だけを見ることができる。第二にファイアスティックはアマゾンの音声認識システムを利用しているので、必要な操作はこの機械にしゃべりかけることで実行できる。このため、通常のリモコンのようにスイッチが多すぎてどれを使えば良いか、迷う必要がない。第三にアマゾンがこちらの鑑賞履歴を保持していて、それに基づき、見たい映画の候補を示してくれる。筆者の場合ハードボイルドが好きなので、そうした映画が鑑賞候補の上位に来ることになる。
アマゾンのファイアスティックを使うようになって、テレビ放送は天気予報と大河ドラマ以外見なくなった。こうしてみると、ファイアスティックはテレビ局のビジネスモデル(視聴率を前提に広告費を受け取る)をうち壊す可能性を持つ。またレンタル稼業のツタヤさんなども、ファイアスティックは、店に借りに行く必要がないので、お客が逃げる可能性がある。
これを利用して、「イミテーションゲーム」(英国映画、2014年)を見てみた。この映画は、コンピュータ科学の創始者であるアラン・チューリングの一生を描いた作品だ。彼は暗号解読とコンピュータ基礎論で天才的な成果を上げながら、同性愛(彼の時代には違法だった)のために不幸な最後を遂げることになる。そのもの悲しさをこの映画は詩情豊かに描いている。
チューリングは、第二次大戦中に、ドイツの暗号(エニグマ)を解読し、それによって戦争は2年短縮され、また数千万人の生命を救ったと言われている。しかし後で述べるような事情で、この事実は公にされない。
特に面白かったのは、チューリングのアプローチだ。エニグマという暗号機械は、通常人間の天才をいくら連れてきても解けないということが、その設計思想となっている。実際、英国の暗号解読機関は、数学やクロスワードのプロを集めてきてその解読に取り組むが、うまくいかない。
これに対しチューリングは、機械で作った暗号を機械で解くことを試みる。彼の作った暗号解読器(クリストファー)は当初はうまくいかないが、ドイツ側のメッセージに定型文のあることに気づいてからは、それを鍵としてエニグマの解読に成功する。
ここからがチューリングの悲劇なのだが、英国側はドイツ側にエニグマ解読の事実を知られたくない。そこで解読成功を隠すために、ドイツの情報はスパイによってもたらされたとの偽情報を出し、また時々は間違った攻撃をドイツ側に行なった。これによってドイツ側はエニグマが解読されたことを最後まで知らなかったようだ。
この秘密は、第二次大戦終了後も守られ、チューリングは功績莫大であったにも関わらず、それは表に出てこない。そして戦後のある日、彼は男娼との交際を警察に見つかり、有罪判決を受け、判決によりホルモン療法を受けるが、1年後に自殺する。
この映画を見ながら、第二次大戦中の日本の暗号システムのもろさに思いが至った。日本の場合、97式暗号機(パープル)が有名だが、これは1941年にはアメリカ陸軍によって模造機が完成され、多くの電文が解読されたという。
日本の場合、暗号解読は、機械を盗むか、数学者を集めて解読するという方向しか考えていなかったため、模造機作成には頭が及ばなかったのかもしれない。この意味でチューリングの、暗号機械には模造機械をもって立ち向かうというのは、今のコンピュータの発想そのものであり、彼の天才ぶりを示すものだ。これが映画のタイトル、「イミテーション・ゲーム」の元になっている。
日本側の失敗の歴史は、軍縮会議時代に、同一文を旧式暗号と新式暗号で送ったこと(新式暗号機がすべての部署に行き渡っていなかった)ことにつきるだろう。こうすれば、新式暗号を解読するのは容易だ。それにしても、山本五十六元帥が、前線視察のためラバウルから飛び立って、撃墜された事件は象徴的だ(1943年4月)。なぜかというとその直前に今村均第八方面司令官が、全く同じパターンで米機の襲撃を受けているからだ。このときには幸いに今村機は雲の中に逃げて助かったが、その教訓(暗号が読まれている)がもっと真剣に受け手止めていれば、山本元帥の悲劇は避けられたかもしれない。