原油価格の動向とソーシアル・コスト論
2018.12.08
・近年、原油価格の変動が激しい。それを巡って日本でも様々な議論が行われているが、しっかりした枠組に基づく分析は乏しい。テレビのニュースや解説を見ても、いわゆる中東プロやエネルギー問題にあまり詳しくないエコノミストが、適当な憶測を交えて、しゃべってだけのようだ。
ここで引用するデールはイギリスの石油会社BPのエコノミストで英国銀行出身だけに、しっかりした分析枠組みの上に立って議論を進めている。以下彼の議論を引用する。
・石油に関しては、2種類のピーク論が存在する。第一は供給のピークが21世紀前半にも訪れるというものである。この議論は、様々な検討の結果、今では現実性が薄いと考えられている。第二は需要ピーク論で、温暖化問題や自動車のEV化などによって石油需要が今後頭打ちになるだろう、というものである。
・現在はこの需要ピーク論が主流で、それに基づき、さまざまな予測が行われている(例:IEAのSustainable Development Scenario)。供給ピークから需要ピーク論への転換は一種のパラダイムシフトと言って良い。つまり石油は枯渇性資源から豊富な資源へと姿を変えつつある。ホテリング定理で原油価格を考える時代は終わったとも言える。
・しかしいつ需要がピークに達するかは不確実性が高く、ちょっとした想定の違い(例:GDP想定など)で結果が異なってしまう。また需要の低下は急に生じるのではなく,緩やかに生じるので、いつがピークになるかという議論は、それほど重要ではない。
・ここで注目したいのは、むしろ産油国側のソーシアル・コストである。産油国は、政治的安定を保つためには、国民の豊かな生活の維持がきわめて重要になる。この豊かさは現在のところ石油収入によってまかなわれている。原油の採掘コストは、サウジやUAEなど中東の主要産油国では10ドル/バレルに満たない。しかしIMFによれば、こうした国の財政健全性と生活水準の維持を図るためには、原油価格は60ドル/バレル以上でなければならない。つまりソーシアルコスト論とは、原油の採掘コストではなく、産油国の政治経済的サステイナビリティに注目した議論なのである。両者の間には10ドル/バレルと60ドル/バレルといった大きなギャップが存在する。需要ピーク論においては、このソーシアルコストが原油価格の決定に重要な役割を果たす。
・以上がデールの分析だが、この議論を踏まえると、なぜサウジが若い王子を先頭に、急激な社会改革に邁進しようとしてるかが,理解できる。しかし最近のジャーナリスト殺害事件にもあるように、産油国にとってこの道はなかなか険しいものがある。何年か前に産油国のエコノミストと議論したときにも、供給ピーク論を踏まえた時代とは異なり,「だいぶ論調が変わったな」という印象を受けたが、デール論文を読んでだいぶ頭がすっきりした。
・翻って日本の立場を考えると、いくつかの論点が頭に浮かぶ。①原油価格が中長期的に低下することは,日本経済にとってプラス要因だろう。しかしながら中東の政治的安定を考えれば、石油を市場論理だけで割り切るのは危険性が高い、②仮に原油価格が上がらないても、温暖化問題を考えると、中長期的には脱石油の道をたどるのが,日本にとって王道とも言える、この場合には、原油価格の変動に応じて、石油税を可変にするという対応も可能だろう。
(参考)
・Dale S. and Fattouth B.,Peak Oil Demand and Long-run Oil Prices,Energy Insight,25,Jan.,2018
・IMF,Regional Economic Outlook, Middle East and Central Asia,Oct.2017
・IEA,World Energy Outlook 2017,Nov.2017