· 

ネットフリックスの躍進とホンダジェット

ネットフリックスの躍進とホンダジェット

  2019.01.19

 ・ネットフリックスといえば、オンライン上でビデオなどを配信する最大手である。最近はコンテンツの制作にも乗り出しており、2019年のゴールデン・グローブ賞を4作品で受賞した。この会社は、もともとソフト・エンジニア(デバグ・ツールを開発)だったリード・ヘイスティングス等が1997年に始めたものだ。

 

・この会社の人事責任者(chief talent officer)だったパティ・マッコードが、そこでの人事ポリシーを説明した本を最近読んだ(「Netflixの人事戦略」)。著者は人事のエキスパートで技術者ではないから、リード・ヘイスティングスのようなビジョナリーではない。興味のある方には、この本の元になったnetfilx culture dec(邦訳:http://tkybpp.hatenablog.com/entry/2018/05/16/073000)をごらんになることをおすすめする。

 

 

・しかしこの本を読んで驚いたのは、要するに変化の激しいIT世界で企業が生き抜いて行くためには、場面場面に応じて必要な人材をかき集め(少数のスターのみ:ドリーム・チーム)、その局面が過ぎたら、次の局面に適合する人材を集めて仕事を進めることにより、会社の生命力を保っていくというやり方だ。いわゆるアジャイル方式といってよい。

 

・これは日本の人事制度とは真っ向から対立する。日本の会社は、社風に合うような新卒を採用し、彼らに社内教育を施し、そしてヒエラルキーの中で一歩一歩出世の道をたどらせる。したがってITの専門家でなくても、ある日突然その部署の責任者に任命されたりする。

 

・こうした日本の人事方式では、IT革新の激しい潮流には太刀打ちできないことを本書は示している。もう一つ日本の会社で問題なのは、ビジョナリー(将来のあり得べき社会・技術構造を見通す)の居ないことだ。新卒で入って、そつなく企業内組織を上っていくような人物に、技術革新を前提とした大胆なビジョンが描ける訳はないからだ。

 

・こうして考えていると、お先真っ暗のようだが、朗報もある。それはホンダジェットだ。これは藤野道格という一人のエンジニアが、ビジョンを持って世界に通用する小型ビジネスジェットを開発し、本場のアメリカで売り始めたことだ。

 

・このジェットはホンダの乗用車シビックに例えられるが、筆者はむしろスーパーカブに例えた方が適切ではないかと思う。

 

・スーパーカブは1958年の発売開始以来1億台以上を売上げ、単一の輸送機械としては世界最多量産を誇っている。これは創業者の本田宗一郎が設計とデザインを行ったもので、4サイクルエンジンを装備し、他社の2サイクルの倍の馬力を誇り(当時)、他方でオートクラッチを採用することにより、そばやの出前が片手で運転できるようにしてあった。筆者も若いときはドリームと一緒にこのスーパカブを愛用したから、身近な存在だ。

 

・このスーパーカブは、それまで少し傾いた若者達の乗り物だった大型オートバイというイメージを一新し、普通のひとがちょっとそこまで行くための乗り物としてアメリカで大人気となった。"You meet the nicest people on a Honda"のコマーシャルによって、家族用のクリスマスプレゼントとしても使われたという。

 

・話をホンダジェットに戻すが、この成功には二つの要因があった。第一は藤野氏が航空エンジニアでありながら、その設計から、販売まですべて一人で担当したことだ。つまり専門分化せずに、コンセプトのきちんとわかっているビジョナリーにすべての権限を集中させたことにある。第二は、開発から工場生産まですべてアメリカで行ったことだ。これを日本で行っていれば、ホンダの本社から様々な雑音が入り、藤野氏のビジョンがそのまま生かされることはなかったろう。引用文献(Fujino M)の最後にでてくるが、本田宗一郎と藤野は一回だけ会ったことがある。それは単なるすれ違いだったが、もしも本田がこの快挙を知っていれば、航空への進出は本田の夢だっただけに、どれだけ喜んだことだろうか。

 

・しかしこうした例外を除いて、IT時代における日本企業の将来はあまり明るくない。ネットフリックス流の開発体制がとれなければ、緩やかな没落を待つしかなくなる。さてどうしたものか。

 

(参考)

・パティ・マッコード、「Netflixの人事戦略」、櫻井祐子訳、光文社、2018

・Badkar M.,"Netflix shares shine after Golden Globes wins,upbeat analyst comments",FT,Jan.8,2019

・Fujino M.,Case Study 4,Hondajet,Fundamentals of Aircraft and Airship Design,Vol2,2013 pp615-647,American Institute of Aeronautics and Astronautics