鶴田浩二と特攻
2019.01.26
・鶴田浩二は映画俳優として昭和20年代、30年代のトップスターだったらしいが、この時代のことはあまり知らない。記憶に残っているのはテレビドラマ「男たちの旅路」で、そこではしがないガードマン役を好演していた(1976-1982)。とくに、都電荒川線が走る傍らを、仕事に疲れた鶴田が肩を落としながら、安アパートに帰っていく姿は印象深い。
・最近ケーブルテレビで鶴田の特攻隊モノをいくつか見た(「あゝ予科練」など)。そこでの鶴田は老練な兵学校上がりのパイロットとして、学徒動員で入ってきた予備学生を特攻に送るのに忍びず、一緒に運命を共にする姿が描かれている。鶴田自身も大井海軍航空隊の整備科予備士官だっただけに、そのときの思い出が重なって好演技に結びついたのだろう。
・特攻と言えば、半藤氏の昭和史に興味深い記述が見られる(昭和史、p430-)。特攻は一応建前としては、志願によることになっていたが、実際には海軍軍令部の計画として立案されたもので、「神風」という名前だけでなく第一回の出動隊名まで決まっていたという。通常大西滝治郎中将が「特攻の父」と呼ばれ、特攻立案者のように思われているが、実際には海軍が、
終戦前に自決した彼に全責任を負わせた形にしたらしい。半藤氏の言葉を借りれば、「神風特別攻撃隊・・・志願によったとなっています。しかしながらそこには・・・海軍リーダーたちの自信も責任もない・・・彼らは命令しない・・・そういう作戦を敢えて行い、以降『志願による』という形式はずっと守られる」(昭和史、p434)。
・話を現在に戻すが、今の日本経済は、債務を先送りにして(後の世代に付けを回して)、現在の”高水準経済”を楽しんでいる。このようなことがいつまでも続かないのは、ほぼ確実だ。日本経済が将来(おそらく2020年代後半だろう)厳しい状況にさらされたとき、現在の指導層(政治家や官僚)は責任を取るだろうか。おそらく先に挙げた特攻の例と同じく、「国会の承認を得たから」などと言って、国民に責任を転嫁するのではないだろうか。ちょっと心配である。ジム・ロジャーズの日本脱出論がよく売れるのも無理はない。
(参考)
・半藤一利、「昭和史」、平凡社、2009