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平岡陽明氏の「猿とスズメ獲り」を読む

平岡陽明氏の「猿とスズメ獲り」を読む

 4月になると、大学の入学式の様子がニュースで流れる。それを見ていて若干の違和感を覚えた。筆者が入学した1960年代半ばのことだが(なんと昔のことか)、入学式で学長の訓示を聞いていたら、隣の学生(新入生)がいきなり「学長引っ込め」と怒鳴ったのには驚いた。学長もそんなことは平気で淡々と式辞を読み上げていた。

 

 現在に戻るが、入学式で、新入生はおとなしく学長の訓示を聞き、式も滞りなく行われたようだ。しかし10代後半というのは、現実社会にもっとも不満を持ち、大人の言うことなどまともに聞かないないのが当然の世代だ。なぜこんなに今の若者はおとなしくなってしまったのか。

 

 最近、平岡陽明氏の”猿とスズメ獲り”を読んで、何となくその間の事情がわかる感じがした。

 

 主人公は、損保会社の中堅社員健一、彼は、丹波部長に従い、出世の道を歩んでいる。健一は丹波部長から、若い頃から世話になった代理店の久保さんの切り捨てを命令される。出世のためにお世話になった久保さんを裏切るべきかかどうか、健一は悩む。

 

 健一の同期に永井がいる。彼は京大の霊長類研究所の出身という異例の経歴。優秀な業績を上げたが、4年前、急に退社し、奥多摩で猟師をやっている。健一は彼のところに相談にいく。永井は、ポートフォリオ理論でこの状況をうまく説明してくれる。曰く、丹波部長に従うというのも一法だが、それにすべてを賭けるのはリスクが大きい。丹波部長が失脚したり、または部長の健一に対する覚えがめでたくなくなり、切り捨てられる可能性もある。そうだとしたら、世話になった久保さんを冷たく切り捨てるというオプションを取ることはあまり賢明ではない。永井の言葉を借りれば、「危険に満ちた世界で最も大切なのは、つねに逃げ道を探しておくこと」。

 

 あまり中身を紹介してしまうと、これから読む人に興ざめだろうから、この辺で止めるが、この小説は、現代日本社会の問題点をうまく突いている。学校や会社では、「良い学校に進み、良い会社に入り、目上の命令に従順に従うこと」が善であるとし、それを徹底的に教え込まれる。若者にとっては、それに従うことが安定と出世の道であり、それから外れることは、恐怖以外の何者でもなくなる。

 

 しかし日本の学校の格付けが落ち(世界ランキング)、頼みとする大企業がつぶれたり、なりふり構わぬリストラに励む現状を見る限り、こうした教えに盲従することは賢明ではない。平岡氏の小説は、この辺の機微をうまく突いている。一読をお勧めする。

 

 なお同氏には「イシマル書店編集部」という佳品がある。これも、暖かい人間観にあふれた小説で、読後感がすっきりする。

 

(参考)

・平岡陽明、”猿とスズメ獲り”、オール読み物、2019年2月号

・平岡陽明、イシマル書房編集部、ハルキ文庫、2017