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IT革新と無形固定資産の役割

IT革新と無形固定資産の役割

 2019.05.26

 ・IT革新の特徴として、生産の源になる生産要素が固定資本(いわゆる資本ストックといわれるもの,tangible assets)から無形固定資産(intangible assets)にシフトすることがあげられる。工業化時代の生産関係は資本ストックが主要な生産要素だった。これがIT時代には、無形固定資産に取って代わることになる。マクロ経済から見れば、設備投資は成長の重要な源泉だが、その投資内容が、固定資産から無形固定資産へと変わることになる。逆に言えば、旧来型の投資促進策(有形固定資産の拡大を目指す)は、IT時代にはあまり意味がなくなることになる。

 

 ・有形固定資産と無形固定資産を比べると、固定資産が建物、機械設備などであるのに対し、無形固定資産はソフト、データベース、特許、デザイン、ブランドなどとなり、両者の内容は、はっきり異なる。

 

 ・IT革命の投資行動に対する変化をわかりやすく説明したのが、ハスケルとウェストレークの著書、「資本なき資本主義」だ。ハスケルは英国インペリアルカレッジの教授、ウェストレークは英国科学技術庁のアドバイザーだ。IT革新の進行状況が、アメリカではなく傍観者の英国の立場から説明されている。英国人は、大きな潮流の変化を端で見てうまく説明するという能力に長けているようだ。ちょうど縁台で行われている将棋を脇で見ている人がうまい手を思いつくのと同じだ。

 

 ・同書によると、アメリカの付加価値に占める無形固定資産投資の割合は1990年代後半から有形固定資産のそれを上回っているという。これはIT革新の表れである。たとえばグーグルを例にとればわかりやすい。グーグルの有力な”生産要素”は、有能なITエンジニアであり、彼らが創造するプログラム(例:no-sqlタイプのサーチエンジン)こそが売上げの源泉となっているからだ。これがグーグルの無形固定資産を形作る。これに対し20世紀型の工業、たとえば製鉄業は、高炉という資本ストックなしに鉄鋼を作ることはできない。

 

 ・では無形固定資産は有形固定資産に比べて、どのような特色を持つのだろうか。ハスケルとウェストレークは以下のように整理している。

 

 *サンクコスト(埋没費用)である。つまり再販売することが難しい。機械は中古で売り払えるが、アイデアをそうすることはなかな困難だ。

 

 *スピルオーバーがある。たとえばデザインなどは、他社がみればすぐにそのエッセンスを無料で取り入れられる(もちろんそのために商標保護などがあるのだが)。有名な例はアップルのジョブズとウォズニアックがゼロックスのパロアルト研究所でマウスの原型を見て、これでパソコンの入力をやろうと決めたことだ。

 

 *スケーラブルである。たとえばコーラの主力製品は、そのレシピだが、これは設備と違い、どの国にでも、契約さえ結べば、提供が可能になる。つまりいくらでもコストを掛けずに、拡大できる。

 

 *シナジー効果のあること。うまいアイデアの元には、有能なタレントが集まり、さらに優れたアイデアが生まれる。テスラのx-スペースがその適例だろう。既存のロケット屋は、打ち上げたロケットを回収して再利用することなど、考えもしなかったからだ。

 

 ・設備投資が、こうした特色をもつ無形固定資産に向かうと、面白いことが生じる。最近のWSJに出ていた記事だが、2019年2月22日にクラフト・ハインツの株価が大きく値下がりした。これは過去の企業買収で生じたのれん代の減損費用73億ドルを損失として計上したためだそうだ。

 

 ・企業買収に当たっては、機械設備などの評価はそれほど大きくはぶれないが、無形固定資産は上に見たようにサンクコストなので、評価が大きく動いてしまうことがある。たとえば有望なタレントだと思って高額な契約金を払ったタレントがまるで使い物にならなければ、その損失は大きなものとなる。

 

 ・こうしてみると、IT時代の投資にはいくつかの注意点がある。第一は、IT時代に成長加速のために設備投資促進策を行うとしたら、旧来の資本設備を増やすようなところは狙わないことだ。これは、IT時代においては、無駄な投資に終わってしまう。これはマクロの政策担当者が胸に刻んでおくべきことだろう。第二に、無形固定資産への投資は、ちょっと見立てが変わることで、その評価が大きく変わってしまうことになる。評価が反転すれば、利益に食い込み(上のクラフト・ハインツが良い例だ)、企業存続にもなりかねない。したがってIT時代のM&Aには、よほどのITスキルがないと、とんでもないリスクを背負うことになりかねない。

 

(参考)

・Jonathan Haskel and Stian Westlake,Capitalism without Capital,Princeton Univ.Press,2018

・Al Root,"「のれん代」の減損、事前に察知可能か",WSJ,2019.04.23