ハーバード大学経済学部の人気授業とビッグデータ
2019.06.29
・IT時代の情報誌ギガジンを読んでいたら、ハーバード大学経済学部での「ビッグデータを用いて経済社会問題を解決する」という講義が人気を呼んでいるという記事が目についた。しかもこの授業の主催者は29歳で同大学の終身雇用権を得たラジ・チェッティ教授(インド出身)だという。
・さっそく授業内容をウェブで調べてみた。コース案内は公開されており、政策課題毎に(アメリカにおける上昇移動の地理学、経済的機会の人種的不平等など)、授業内容や参考文献が示されている。
・この中で筆者の興味ある「地球温暖化に対する緩和政策」(Lecture 15)を見てみた。そこでの参考文献をみると、必ずしもビッグデータとは関係ないものが見受けられた。ただしテーマ的にはなかなか興味をそそられる論文が取り上げられている。たとえば”超長期割引率”(Stefano etal,"very long-run discount rates",QJE,2015)など。
・この分野で、ビッグデータに関係あるものとして、ムーア等の「異常温度に対する急激な感受性の低下は、人々の温暖化変化に対する認識を曖昧にする」が目についた。
・この論文は、ツイッターに投稿された異常温度に関する22億件の意見(2014年-2016年)と実際の温度変化(1981年-2016年)を比較することにより、異常温度(高温ならびに低温)とそれに対する人々の認識との関係を調べたものだ。
・面白かったのは、ツイッターに投稿された意見のうち、異常温度に関する投稿だけ抜き出すプロセスだ。たとえば「ジャズで暑くなった」というのは省く必要がある。ビッグデータを分析に用いる場合、必ずお手本が必要になる。今回の場合も気候変化に関係ある単語をまず定義し、それを利用して、関係するツイッターを抜き出している。
・分析結果は、じつに興味あるもので、要するに人々は異常温度に何回も遭遇すると、それに対する感度が鈍くなってしまい(論文の著者はこれを”ゆでがえる現象”(boiling flog)と呼んでいる)、異常温度に対して何らかの対策を講じるのではなく、単に慣れてしまうという発見だ。
・たしかに人は、異常事態に遭遇すると、最初は大きく反応するが、次第にそれに慣れてしまい、対応が鈍くなる。これは温暖化問題における”適応策”とは、ちょっと意味が異なるだろう。
・たしかにこうした第一線の知見を授業でわかりやすく聞けるのは、ハーバード大学生の特権だろう。ただ一つ気になったのは、ここでは「ビッグデータとは何か、それは経済学を含めた社会科学の分析にどのような変化をもたらすのか」といった全体としての枠組みの議論があまり見受けられなかったことだ。これは筆者の見落としかもしれないが、その点ではちょっと不満が残った。
(参考)
・ギガジン、「あのハーバード大学で最も人気を集める『ビッグデータについての講義』がネットで無料公開中」、2019年6月17日
・Dylan Mattews,"The radical plan to change how Harvard teaches economics",VOX,May 22,2019
・Frances Moore,Nick Obradovich,Flavio Lehner,Patric Baylis,"Rapidly declining remarkability of temperature anomalies may obscure public perseption of climate change",PNAS,March 12,2019"