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トム・ウィーラーの「グーテンベルクからグーグルまで」を読む   2019.12.29

トム・ウィーラーの「グーテンベルクからグーグルまで」を読む

  2019.12.29

・トム・ウィーラーといってもあまりなじみがないかもしれない。彼はオバマ政権下でFCC(連邦通信委員会)の議長を務めた。FCCはアメリカの通信放送関連の認可と規制を行う機関である。彼の背景は、本のタイトルに、実務家兼歴史家と書かれている。今のIT革新を身を以て体験した人が、独自の歴史観に基づいて、IT革新の歴史を追っているところにこの本の特色がある。

 

・彼の基本アイデアは、グーテンベルクの活版印刷、モールス信号による信号伝達と現在のパケット通信に基づいたインターネットを一つの視点でとらえたことだ。それは情報の送り手が、中身を分解して順次送付する、受け手はそれを再構成して元の情報を復元するという仕組みだ。

 

・グーテンベルクはそれを、活字という形で実現した。グーテンベルク以前は、聖書は修道院で書写によって製作されていた。グーテンベルクは活字を作り出し、それを組み合わせて聖書の内容を表わし、それを印刷して大量生産することを考え出した。こうすれば、書写と違い、同じ本がいくらでも生産できる。当初グーテンベルクの聖書を見た聖職者は、これは悪魔の仕業ではないかと考えたそうだ。それはどの本を見ても全く同じに作られていたからだ。これによってカソリック教会の聖書独占が崩れ、ルターの宗教改革が実現することになる。

 

・モールスは、英文をドットとツーという二つの信号で表すことを考えた。たとえばAはト・ツー、Bはツー・ト・ト・ト、Cはツー・ト・ツー・トなどという具合だ。こうすれば、受ける方はトとツーの判別さえできれば、通信内容を受けることができる。たとえばAを音声で送ろうとすれば、広い帯域と、強力な信号が必要だ。これにくらべ、トとツーだけを送るなら、雑音にも強いし、信号が弱くても相手に内容が伝わることになる。こうしてモールス信号はベルの電話が発明されるまで、通信の主流となった。

 

・パケット通信はポール・バラン(Paul Baran)が1960年代半ばに考え出した通信方式だ(p148)。これは戦時において通信網が打撃を受けてもきちんとした信号を送るために考え出された。それがARPANETとなって、コンピュータ間の通信に使われ、さらにRobert KahnとVinton CerfがTCP/IPという通信プロトコルを考え出し(1983年にARPANETに採用)、1990年にTim Berners-LeeがWorld Wide Webを考案することで、現在のインターネットが完成した。しかしその元になったのは、情報を細かく分けて送るというパケット方式だ。

 

・これはさらにセルラー通信方式(区画毎に地域を分割し、そこに基地局を置くことで小電力で通信を接続する)によるモバイル電話の普及につながる。この方式はRae YoungとDoug Ringが考え出したものだが(1947年)長いこと無視されてきた(同書P161)。当時は高出力・高い塔(high tower-high power)方式が無線電話の主流と考えられていたからだ(モトローラ方式)。1971年にAT&TがFCCにセルラー通信方式の申請をした際には、わざわざ模型を作って、その上でどのように信号が伝達されるかを示すことで、ようやく理解が得られたという。こうして微少出力による移動電話網が急速に普及することになる。そして4Gになって、回路交換方式(Circuit-switched)から完全にディジタルIP方式に転換が進み、ネットワーク費用が格段に低下した。これがスカイプなど無料電話の普及につながる。

 

・こうしてみると、現在のIT革新の起源がグーテンベルクまでさかのぼることが理解できる。IT革新の現場にいた実務家の本だけに、内容に迫力がある。ぜひ一読をお勧めしたい。

 

(参考)

・Tom Wheeler,From Gutenberg to Google,Brookings Institution Press,2019