AIとはなんだろうか
2010.02.01
・最近のことだが、あるエコノミストが、AIの入門本として「予測マシンの世紀」を誉めていた。そこでさっそく読んでみることにした。
・正直な感想を言えば、筆者には、この本はあまりよい入門書とは思えなかった。その理由を以下に挙げる。
・まず第一に、AIを利用するに際しては、、本書では、AIに関する技法(ベイズ推定、決定木、ニューラル・ネットワークなど)に関する知識が不要としていることだ(同書P24 )。しかしある程度の基本技法を学ばなければ、AIの効能やその限界は理解できないのではないか。筆者の経験では、こうした面の勉強には、斉藤氏の著作(下記参照)が役立った。これはスタンフォード大学の「CS23iN」という公開講座を利用して書かれている。
・第二に、AIを巡る基本概念が、本書では簡単に扱われていることだ。たとえば「ある状況が頻繁に発生する場合には、ランダム化比較試験を行うとよい」(同書p129)と書かれている。しかしランダム化比較試験を巡っては、とくに疫学の分野で何十年にもわたる研究と論理の地味な積み上げがあったことを忘れてはならない。つまりそんなに簡単に使える手法ではないのだ。興味ある読者はアラン・チューリング賞受賞のジュディア・パールの本を読むことをおすすめする(特に第3章)。また、現在のAIの基本問題である「因果関係でなく相関を利用すること」に関しても、この本では簡単な説明ですましている(同書p258)。
・現在AIの開発と利用はなかなか難しい状況にある。これは、たとえば最近ディープ・マインド社から共同創業者のムスタファ・スレイマンが去ったことを見ても理解できよう。たしかに画像認識などでは、良い訓練材料さえあれば、ディープ・ラーニングは優れた解を導く。また碁やチェスのように、評価関数が明確な場合も、AIの利用はうまくいく。しかしそれ以外の分野でにAIが活躍するには、まだ時間がかかりそうだ。
・AIを巡る基本的な問題の一つは、いわゆる「データの闇」の問題だ。数学者マンデルブロートが見いだしたように、データの世界は正規分布でなく、分散無限大の分布に満ちている。これを認めれば、データの相関に基づく推論は困難になる。いわゆるファットテイルの問題だ。これはさらに複雑性の問題にもつながる。複雑性のひとつの特色であるシステミック・リスクを巡って2008年に金融危機が生じたのは、記憶に新しいだろう。AIがこうした状況を”予測”できるとはとうてい思えない。
・話が飛ぶが、ハル・バリアンといえば、ミクロ経済学の分野では知らない人がないほど優秀なエコノミストだ(有名な教科書がある)。彼がグーグルのチーフ・エコノミストになっても(2010年就任)、たいした成果が出てこないのは、現在のAIやビッグデータが持つ、ひとつの限界を示しているように思える。
・なお一言付け加えておけば、この本の予測の定義には、時間の概念が入っていない。要するに意思決定につきものの不確実性を減らすという意味で予測という言葉を使っている。たとえば来年のGDPがAIによって予測できるという意味ではないことに注意する必要がある。
・余談になるが、当方が開発中のe予測は、データをAIマシンで直接意思決定に結びつけるのではなく、中間に状態方程式を置いて、その上で各種の概念実験を行うことにより、経営者や政府の意思決定に役立てようとするものだ。われわれはそれをAIでなくIAマシン(Intelligent Amplifier,数学者Vingeによる)と呼んでいる。
(参考)
・Ajay Agrawal,Joshua Gans,Avi Goldfarb,Predicition Machines,Harvard Business rReviw Press,2018
小坂恵理訳、「予測マシンの世紀」、早川書房、2019
・Judia Pearl and Dana Mackenzie ;The Book of Why, Allen Lane,2018
・斉藤康毅、「ゼロから作るDeep Learning」、オライリー・ジャパン、2016年
・Benoit B.Mandelbrot,Richard I. Hudson,The (mis)behavior of Markets,Basic Books,2006
高安秀樹監訳、雨宮恵理、高安美佐子、富永義治、山崎和子訳、「禁断の市場」、東洋経済、2008
・Benoit B.Mandelbrot,Fractrals and Scaling in Finace,Springer,1997
・Madhumita Murga,"Deepmind co-founder leaves for Policy role at Google",FT,Dec.6,2019
・Madhumita Murga,"Deepmind runs up higher lossses and debts in race for AI",FT,Aug.8,2019
・Hal Varian,"Big Data:New Tricks for Econometrics",Apr.14,2014