金子勇氏の夢
2020.02.16
金子勇氏については、本ブログですでに取り上げた(「プログラミングの楽しさ」、2019年7月27日)。
・彼についてはすでにご存じの方も多いだろうが、ウィニーというp2p技術の先端的なソフトを開発したが、それが元で、著作権違反幇助の疑いで逮捕された(2004年)。彼は、最高裁まで争い、無罪判決を勝ち取った(2011年)。これは、「誰かが包丁を使って人を殺したら、包丁の作り手が罪に問われるか」という問題だ。当たり前のことだが、こうしたことで包丁の作り手を罰することはできない。しかし無罪判決の後、彼はほどなくして病没した(2013年)。
・この逮捕により日本ではp2p技術の進歩がとまったと言われている。この事件を巡っては、現在映画化が進行中(主演三浦貴大、監督門馬直人)だそうだから、見るのが楽しみだ。
・最近になってまたIT技術が裁判の的になった。それは他人のPCに仮想通貨の採掘ソフトを無断で植え付け、その成果をサイト運営者とプログラムの開発元が受け取るという仕組みに関してだ。この裁判は、横浜地裁では無罪判決となったが、東京高裁では有罪判決となった。実はクッキーの利用など、かなりのサイトが、勝手にユーザのPCに情報獲得の仕組みを埋め込んでいる。そうした仕組みがどこまで無罪でどこから有罪かの判定はなかなか難しい。
・しかし筆者の恐れるのは、これが金子勇事件の二の舞にならないかどうかだ。IT革新の進行はきわめて早く、その成果が既存の秩序に触れることもある。IT革新が"破壊的技術"(disruptive technology)と呼ばれるのは、そのことを意味している。ITの成果を、既成秩序の常識に基づいて、一律に罰するとIT革新の芽をつんでしまう。これが金子勇事件の教訓だ。アメリカの同種ソフトナップスターのことを考えてみれば良い。これはレコード会社との間で裁判沙汰になったが(1999年)、現在レコードやCDで音楽を買う人はまれだろう。iポッドなどの技術革新が音楽販売の仕組みそのものを変えてしまったからだ。
・といったことを考えていたら、雑誌ファクタに面白い記事が出ていた。話は飛ぶが今流行のブロックチェーンの理論的基礎は、サトシナカモトという研究者が書いた論文だ(Bitcoin: A Peer-to-Peer Electronic Cash System)。当初からこの著者の身元は謎だった。ファクタの記事によると、それは上に挙げた金子勇氏ではないかというのだ。
・ここからは夢物語である。仮にサトシナカモトが金子勇氏だったとしよう。彼はまだ元気に生き続けているとする。サトシナカモトは約9,000億円のビットコインを保有している。彼はこの金を使って、後進のソフト開発者に惜しみなく援助を与えることができる。なにしろリスクを気にする必要は無い(どう贅沢しても、これだけの金を使い切れない)、またどのソフトが良い作品かは、彼自身がソフト技術者だけに判別できるからだ。こうして日本発の優秀なソフトが続々開発され、世界に広がることになる。
・このメカニズムは、まさにシリコンバレーの発達そのものだ。新ソフトを開発して、莫大な資金を入手すると、それを知り合いの腕の良いソフト技術者にばらまくことによって、新たなソフトが生まれる、これがさらに良循環を生む。こうしたことを考えると、金子勇氏の逮捕は、意図せずして、日本のIT革新の大きなブレーキとなったことがわかる。
(参考)
・金子勇、「Winnyの技術」、ASCII、2005年
・日経新聞、「仮想通貨プログラム、有罪判決」、2020.02.08
・ファクタ、「ビットコイン開発史考、『サトシナカモト=金子勇』説を拝聴する」、2020年2月号
・Nakamoto, Satoshi “Bitcoin: A Peer-to-Peer Electronic Cash System"、2009
ウェブから入手可能。