コロナウィルス:社会的隔離(social distance)の経済的便益
2020.04.18
・前回のブログではFRBのコレイラ論文を取り上げた。そこでは1918年に起こったインフルエンザ・パンデミックの影響を調べ、早めに社会的隔離を行った地域の経済的復活が早く、かつ本格化したことが示されていた。
・今回取り上げる論文は、シカゴ大学の若い研究者(グリーンストーン&ニガム)によるもので、社会的隔離の経済的便益を直接計算している所に特色がある。
・彼らが計算の前提にしたのは、本ブログで何回も紹介したインペリアルカレッジのファーガソン等による疫学シミュレーションである(この論文はすでに世界標準になっているようだ)。
・グリーンストーン&ニガムはインペリアルカレッジのシミュレーションの2ケースを比較に用いる。基準ケースは、”何も手を打たなかった場合”(no policy)で、アメリカにおける感染は人口の81%におよび、死者は220万人に達する。
・比較ケースは、”抑制ケース”(mitigation scenario)で、社会的隔離を積極的に進めた場合である(コロナウィルスにかかった兆候のある人の7日間隔離、その家族の自発的な14日間隔離、70歳以上の高齢者の社会的接触の大幅削減など).この施策は数ヶ月続くものとする。
・ファーガソン等の計算では、こうした隔離によって医療需要のピークが減り、死者は大幅に減るとされている。
・グリーンストーン&ニガムは、この計算を前提に、抑制策による死者の減少を、アメリカの場合、約170万人としている。
・ファーガソン等のシミュレーションでは、年齢別の死者数が求められる。グリーンストーン&ニガムはこれに、VSL(value of statistical life)を乗じてその経済的価値を求めている。VSLは統計的生命価値ともよばれ、人々が死亡リスクを回避するために支払ってもよいと考える金額のことである。アメリカの場合、18歳以上の人は1,150万ドルとされている(日本の場合、国土交通省の使っている数字は2.3億円程度、陳玲等論文より引用)。
・その結果は驚くべき値で、アメリカにおける社会的隔離の経済効果は、約8兆ドル、世帯あたりでは6万ドルに達する。
・この数字はVSLによるものだから、やや高めかもしれないが、いずれにせよ社会的隔離の経済的便益は、死者を減らすという意味で、きわめて大きいことがわかる。
・日本でも西浦北大教授がファーガソン等と同様な試算を行っているのだから、エコノミストは、それを利用して、社会的隔離の経済効果を求めたらどうだろう。
・日本当局のこれまでの動きを見ていると、コンセンサス重視で、問題が起こってから徐々に手を打ち始めるようだ。コロナウィルスの場合には、この手法のマイナス面がはっきり出ている。このままでいくと、徐々に感染が増加し、なかなか収束しないことによる経済的マイナスがさらに拡大していく可能性が高い。
・なお当方のe予測では、日本経済へのインパクトを試算しているので(4月20日掲載予定)、興味ある方はご覧いただきたい。
(参考)
・Neil M.Ferguson,Daniel Laydon etal,"Impact of non-pharmaceutical interventions(NPIs) to reduce COVID-19 mortality and healthcare demand",March,16,2020
・Michael Greenstone and Vishan Nigam,"Does Social Distancing Matter",Becker Friedman Institute,Univercity of Chicago,Working Paper,2020-26,March,2020
・陳玲、大野栄治、森杉雅史、佐尾博志、「CVMによる統計的生命価値の計測」、平成22年