· 

原油価格のマイナス転落をどう読むか

原油価格のマイナス転落をどう読むか

 2020.04.25

・本ブログでは、天然ガスのマイナス価格転落をすでに論じていた(「天然ガス価格がマイナスに」2019.04.07)。約一年前のことだ。

 

・今回の原油価格マイナス転落は、①サウジの減産からの離脱と②コロナショックによる需要の急減が重なって生じたシステミックリスクだ。

 

・ここではその意味をもう少し構造的な観点からとらえてみる。

 

1)”化石燃料時代の終わり”

 すでに天然ガス価格も一瞬だがマイナスに転じ、今回は原油価格だ。かってのオイルピーク論は将来供給ピークが来ることを予想していたが、今回は需要側の議論だ(需要ピークは2019年?)。その背景にはIT革新がある。先進国の経済は工業化時代と異なり、石油がその成長エンジンではない。「石油からデータへ」という標語はすでに現実のものとなりつつある。それの象徴がテスラのEV急展開だろう。

 

2)中東の政治的動乱?

 地政学的に言えば、脱化石燃料化は中東産油国の経済的価値を長期的に低下させる。この事態への焦りがサウジのサルマン皇太子の一連の施策(アラムコの上場、今回の原油増産)を招いたのだろう。たしかに原油価格崩壊はアメリカのシェールオイル産業へ打撃を与える。しかしサウジの国としての存続がアメリカにかかっている以上、普通ならば、原油価格に関してもどこかに政治的落としどころを考えるはずだ。つまりサウジにとってもアメリカのシェール業界にとっても、原油高はメリットになる。サウジの原油生産コストは確かに安いが、社会的コストは60ドル程度と高い(IMF)。逆に言えば、今回の原油価格崩壊は、”理屈に合わない”。なんとなく第二次石油危機のきっかけとなったイランの政治体制の転覆を思い出させる。

 

3)先進国での中高年層リストラ進む

 先進国では、これを機にIT化が一層進む。teamsを使ったテレワーキングは当たり前のものになったし、娯楽はテレビからアマゾンファイアやネットフリックスに移りつつある。これまで企業で何とか生き延びてきた「役に立たないおじさん」たちは、こうした変化の前で、存在意義がますます薄くなり、厳しい時代を迎える。他方で台湾政府のディジタル担当政務委員(大臣に相当)オードリー・タン氏(38歳)のような新時代を担うウィズキッズ(whizz-kids)を登用できないところは、急速に時代の進歩から取り残される。

 

---

・日本の場合は、残念ながらあまり明るい展望は開けない。コロナウィルス騒動でも、R(再生産数)やインペリアルカレッジのシミュレーションをマスコミが取り上げ始めたのはごく最近のことだ。アメリカではFRBのコレイラ氏やシカゴ大学の若手研究者が、このシミュレーションを前提として経済回復の道順を探索し始めている。まして原油価格崩落に関しては、ちょっと失礼な話だが、おろおろするだけで、輸入大国としてこのチャンスを生かすという発想は見られない(そこまでする必要は無いが、買い占め筋によってタンカーレートは上昇しているようだ)。

 

・今回の原油価格崩落は、資源小国日本にとって大きなチャンスだ。第一にIT革新の成果を生かして産業構造を転換して21世紀型世界で生き延びること、第二に脱化石燃料化を急速に進めることにより地球温暖化問題への大国としての貢献を行うことができる。こうした発想の転換がないと、"時代に遅れた国として"厳しい状況に追い込まれる。

 

(参考)

・Darek Brower and David Sheppard,"Will American shale oil rise again?",FT,April 25,2020

・Marl Lewis,"Why we may have already seen the peak in oil demand",FT,Apr.17,2020

・Simon Blackburn,Laura LaBerge, clayton O7Tool,Jeremy Schneider,"Digital Strategy in a time of Crisis",Mckinsey,April 2020

・Joseph Norman, Yaneer Bar-Yam, and Nassim Nicholas Taleb, Systemic risk of pandemic via novel pathogens ? Coronavirus: A note, New England Complex Systems Institute (January 26, 2020).

・Gaurav Sharma,"Supertanker Prices Spike By Nearly 678% On Oil Market War And Storage Plays",Forbes,Mar 12, 2020

・ナシーム・ニコラス・タレブ、「反脆弱性」、ダイアモンド,2017