ポストコロナの勤務形態
2020.05.23
・コロナショックの始まりから3か月ほどたち、その後の経済社会形態に関心が移りつつある。マイクロソフトCEOのサティア・アンディラは、「(これによって)2年分の変化が2か月間で起きた」と述べたようだ(日経新聞、5月10日)。今回の騒動で一挙に社会経済のIT化が進むだろう。
・ここではオフィスのあり方についてみていく。フィナンシャルタイムズ紙のヘンリー・マンスは、オフィスの変遷を以下のようにまとめている。
*近代オフィスは、20世紀の初めに建築家のライトがアメリカのラーキン・ソープ社のために建てた5階建てのビルがその嚆矢(こうし)だった。そこにはエアコン、デスク家具、衝立付きの集団トイレなどが設置されていた。
*こうしたオフィスは、電信と鉄道の発達のため、大企業が経営管理を行う本社が必要となったからだ。そこには管理職や事務員などいわゆるホワイトカラーが勤務することになった。
*1950年代半ばには、ホワイトカラーがブルーカラーの数を上回った。社会学者のホワイトが「オーガニゼーション・マン」を書いたのはこのころだ。オーガニゼーション・マン(組織人)とは、個人の夢を犠牲にして組織のために働き、組織はそれに対して、安定雇用とプレスティッジで報いる。要は映画「寅さん」に出てくる大企業サラリーマン(例:34作、「寅次郎真実一路」)を思い浮かべればよい。
*20世紀末にインターネットが普及し始めると、勤務形態が変わり始める。ホワイトカラーは分解し、事務職はコンピュータやアウトソースにとって代わられる。テクノクラートのみが本社ビルに残る。しかし先端企業では、テクノクラートも在宅勤務の可能性が模索され始める。不動産価格の高騰も影響してアメリカでは、1994年から2010年までに勤務者一人当たり床面積は6分の1だけ縮小した。
*コロナショックは社会的隔離(social distance)を必要とするため、在宅勤務は一挙に進む。ここでの問題は、オフィス勤務時代には目立たなかった”不要人材”のあぶりだしが行われることだ。
*もう一つの問題は、イノベーションへのマイナス効果だ。それは素晴らしいアイデアが生まれるためには、人と人の直接コンタクトが必要であり、遠隔勤務では、それが果たせないからだ。
・今回のコロナショックは、脱オフィス化を加速させるだろう。大手町では空きビルが増えるかもしれない。日本企業はこの波についていけるだろうか。日本でも、オンライン・ミーティングは進んだといわれているが、大半はお仕着せで、ユーザー自身が設定を行ったりすることはできない。またセキュリティにも関心が薄く、あまり安全でないソフトと回線を使って企業内の重要情報をやり取りしている。
・その意味では、今ののんびりしたサラリーマン(よくからかい気味に社畜などといわれる)は、昭和時代の先輩を見習う必要がある。ナッシブ・タレブの言うように、ファットテイル・リスクをうまく活用できる人材だけが、ポストコロナに生き残ることができる。
・昭和の先達とは、近鉄の社長だった佐伯勇(1903-1989)のことである。彼は1959年に伊勢湾台風が名古屋を襲った時、これを好機として、線路の広軌化を一挙に進め、名阪直通特急を実現させた。今日本のサラリーマンに必要なのは、こうした発想と実行力だろう。
(参考)
・Henry Mance,"The Rise and fall of the office"FT,May 15,2020
・Joseph Norman,Yaneer Bar-Yam,Nassim Nicholas Taleb,"Systemic Risk of Pandemic via Novel Pathgens-Coronavirus: a note",New England Complex System Institute,Jan.26,2020
・Lynda Gratton,"Coronavirus has transformed work but risks snuffing out a creative spark"FT,May 22,2020
・日経新聞、「クラウドや半導体、けん引」、2020.05.10