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ダニエル・サスキンドの "A World without Work"(仕事のなくなった世界)を読む

ダニエル・サスキンドの "A World without Work"(仕事のなくなった世界)を読む

  2020.09.19

 ・著者のダニエル・サスキンドはオックスフォード大学講師。父のリチャード・サスキンド(同大教授)との共著、職業の将来(The Future of Professions)がある。

 

・父のリチャードがまだ59才だから、ダニエルはおそらく30台前半の若者だろう。しかし本書の内容はなかなか濃くて読み応えがある。

 

・彼の扱うテーマは、IT革新が進んだ時、人々の雇用はどうなるかだ。

 

・その結論は明快で、21世紀が進むにつれ、多くの人が仕事を失うことはほぼ間違いない、というものだ。それに至る議論は、若いにもかかわらず周到で、説得性に富む。この問題は、エコノミストが既存の経済学の範囲で論じることはできない。IT革新の内容がわかり、かつ現代に生きる若者でないと、こうした時代の変化をとらえられない。彼はその点、論者として適している。

 

・彼は、技術革新の雇用効果を、代替効果と補完効果に分けて論じる(P22)。前者は例えば機械が導入されると労働者がいらなくなるという効果だ。後者は、機械が使われることで、生産性が上がり、それが経済成長に結びついて、経済全体(GDP)が大きくなり、結果的に労働者の雇用が増えるという関係だ。

 

・では今回のIT革新は雇用にどのようなインパクトを与えるか。

 

・議論は、AI(人工知能)の発展過程を詳しく追うことから始まる(第3章、第4章)。こうしたことを、身近な体験として論じられるのが、若者の特権だろう。彼の結論は、当初のAI研究(第一波)は、人間の知能をコンピュータで模倣することで進んだが、これはうまくいかなかったという。AIの第二波は、1997年のIBMのディープブルーに始まる。このマシンは、当時のチェスチャンピオンをうちまかした。第二世代AIのアプローチは、原理的なことはさておいて、ともかくコンピュータ能力拡大の馬力を使って勝利を収めたということになる。こうしたAI研究の進め方を、彼は”実用主義者の革命”(pragmatist revolution)と名付けている。その後ディープマインドのAlphaGoが、囲碁で中国のチャンピオンを打ち負かし、AIの進み方として、この方向を決定づけた(2015年)。

 

・このAIが、徐々に人間の仕事を侵食しつつある。ここで経済学に戻るのだが、MITのオーター(Autor)たちがALM仮説(Autor-Levy-Murnane)を主張したことはよく知られている。それはIT革新によって”職の中抜き”が生じるというものだ。つまり職業を、単純なものから、複雑なものに並べていくと、両端の仕事(高度専門職と単純職)は人間に残されるが、中間の職種(事務員、工員、経理担当者など)は機械にとってかわられるというものだ。

 

・サスキンドはこの議論をさらに進化させる。彼はAIの進展を論じることで、実は両端の職業(法律家や会計士のような専門家や調理作業従事者などの単純労働者)も、マシンに侵食されていく(彼の言葉をつかえばencroachment)という(第5章から第7章)。つまり代替効果が優先し、雇用が空洞化するのだ。

 

・その結果生じるのが、所得分配の不平等化だ(労働者の取り分が減る)。しかし彼の論からすれば、これを簡単に解決する方法はない。

 

・よく言われるのが、教育の活用だ。たしかに教育は、人的資本の強化に役立つ。人的資本の強化は、人々の技能を高め、機械との補完機能を強める。しかし彼はその効果に懐疑的である。おもしろいのは、その議論を進めるのにIT業界のスタープレーヤーを引き合いに出していることだ(第9章)。ITスターの多くは学校を中退している(例:グーグルのラリーペイジ、テスラのイーロン・マスク、アップルのスティーブ・ジョブズなど)。ITの伝道者ピーター・ティール(PalantirのIPOで今議論を呼んでいる)に至っては、現在の高等教育は、過大評価されており、金を払うに値しないとまで述べている。つまりITでの成功と学校教育とは関係がないことになる。

 

・では仕事のなくなる社会はどうしたらまともに機能するのか。ここから先の議論は、残念ながら歯切れが悪い。CBI(conditional basic income)などが紹介されているが、国の仕事が肥大化することの問題点に関しては、あまり論じられていない。ただ雇用喪失に関する彼の心配は理解できる。歴史的に見ると失業率が15-20%を超えると政治不安が生じる。これが1932年にドイツでヒトラーが政権を取った背景だ(p130)。

 

・マックスウェーバーの議論がよく引用されるが、われわれは労働に、”生きる意味”を見出してきた。彼が最後に指摘しているのは、これを変える時期が来たのではないか、ということだ。働くこと、そのものに意味を見出す時代はすでに終わりつつある。これがIT時代の生きる意味への問いかけになるだろう。

 

・IT革新の経済的インパクトを論じるためには、上にも述べたように、単なるエコノミストでは、視野が狭いため、実相に迫れない。技術の先端的なことがわからないと、単なる論理の遊戯になってしまう。この点、ダニエル・サスキンドは若くて、ITという時代の風に吹かれている。それがこの本の価値を上げている。一読をお勧めする。

 

(参考)

・Daniel Susskind,A World without Work,Metropilitan Books,2020