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ドラマ「仰げば尊し」を見る

ドラマ「仰げば尊し」を見る

 2020.10.03

・アマゾン・プライムで、テレビドラマ「仰げば尊し」をみた。これはTBSの日曜劇場で2016年7月から9月にかけて放映されたものだ。筆者はこの期間出張中だったので見た記憶がない。

 

・このドラマは、神奈川県にある底辺高校の吹奏楽部が、よき指導者を得て、全国大会まで進出するまでの経過を追ったものである。舞台となったのは横須賀で、海がきれいに撮れている。

 

・この高校には、吹奏楽部があったが、あまりぱっとしない。校長(石坂浩二)は、公園で子供の音楽指導をしている音楽家(寺尾聡)を見て、この人に学校の吹奏楽部の指導を頼もうと決心する。

 

・この音楽家はもともとプロの音楽奏者だったが、交通事故のために演奏活動が続けられなくなり、子供の教育に転じた経緯がある。

 

・校長の執拗な頼みに負けて、音楽家は吹奏楽部の顧問を引き受けるが、そのレベルの低さとまとまりのなさに、かえってやる気を燃え上がらせる。

 

・底辺高校のため、学校には不良が多いが、音楽家は、吹奏楽部に新しい血を注ぐため、こうした不良たちにしつこく声をかけて入部を誘う。

 

・そうした中に、もともとバンドをやっていた5人組がいた。彼らのリーダーは青島(村上虹郎)で、バンドの演奏中に先輩の不良に殴られ、手をけがしてギターが弾けなくなった過去をもつ。かれが音楽をやめたので、他の4人もそれに付き合って音楽を捨てるが、演奏の楽しみを忘れることはできない。

 

・この不良組とブラスバンド部をつなぐのが、部長の有馬(石井杏奈)で、この5人組とは小さいときからの音楽教室仲間だ。有馬は音楽家の指導を吹奏楽部発展の良いチャンスと見て、うまく活用しようとする。それには仲間が必要だ。様々な葛藤のちにこの5人組は吹奏楽部に入ることになる。石井杏奈はこのドラマを見ると、性格派俳優に向いている。実際彼女は、この演技で第5回コンフィデンスアワード・ドラマ新人賞を受賞した。

 

・そしていくつかの山や谷があったのち、この吹奏楽部は、地域大会、県大会を経て、全国大会への出場を果たす。しかしその時には、指導を委ねられた音楽家は病に倒れ、その場に立ち会うことはできなかった。

 

・だいたいあらすじは以上の通りだ。演出は平川雄一朗で、ドラマのつくりはしっかりしている。

 

・このドラマには原作があって、神奈川県立野庭高校と吹奏楽部とそれを指揮した中澤忠雄が行った”奇跡”(無名の新設高校が、短期間のうちに吹奏楽の全国大会に出場)を描いたものだ(ブラバンキッズ・ラプソディ)。

 

・しかし筆者が注目したのは、別のところだ。平川演出は、この原作をそのまま脚本化せずに、一ひねりしている。ちょっとややこしい言葉を使えば、写像している。原作のエッセンスは、「野庭高校の吹奏楽部の演奏には感動がある。そこが他校に比べてきわだって優れている・・・部員たちは、中澤の教える音楽を自分の音で再表現し、ひとの心にうったえる」(ブラバンキッズ・ラプソディ,p120)に集約されている。

 

・人の心にうったえる音楽とは何か。演出の平川は、これを従来の吹奏楽部の部員(一応音楽はできるが優等生タイプ)とやんちゃなミュージシャン(不良グループを)をあえて混ぜ合わせ、両者の緊張関係を利用して、人々の心に訴える音楽を作るところに、ドラマのポイントを絞っている。それを可能にするのが、優等生とやんちゃグループの両者から信頼される指導者の音楽家(寺尾聡)だ。

 

・話は飛ぶが、マヨネーズは卵とお酢からつくるが両者は本来分離してしまう。しかし卵白の界面活性化効果によって、両者は混ざって、おいしいマヨネーズとなる。

 

・「異質なモノをあえて、混ぜ合わせることで、新たな作品を生む」、これがこのドラマのメインテーマだ。それによって既成の、技術だけに長けた吹奏楽部を超える演奏をしてコンクールに勝つというのが、このドラマの面白みだ。

 

・話は変わるが、日本企業はまさにこの逆をいっている。入社試験で、上司の言うことを聞く優等生だけ入れるものだから、変動の時代に企業が変わろうとしても、何のモーメントも企業内から生まれてこない。対照的なのはgafaとよばれるアメリカのIT企業で、出身もバックグラウンドもまるで異なる人々が寄り集まって知恵を出し合って、新しいものを作っている。まさにこのドラマの無名吹奏楽部が行っていることと同じだ。

 

・さてどうしたものか。この大変動時代に、変われない日本企業の将来は難しい。

 

(参考)

・石川高子、「ブラバンキッズ・ラプソディ」、35館、2009

・「仰げば尊し」ムック、ヤマハミュージックメディア、2016

・室田泰弘、「YouTubeはなぜ成功したのか」、東洋経済、 2007