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マイナス成長の可能性

マイナス成長の可能性

 2020.10.17

・東関東大震災(2011年)、コロナショックを経てこの国は、いよいよマイナス成長の時代に入るかもしれない。まず現在を論じる前に、すこし昔を振り返ってみる。

 

・下村治(1910-1989)と言っても知っている人は少なくなったろう。彼は、筆者の見るところ、戦後日本が生んだもっともすぐれたエコノミストのひとりである。彼の名を高くしたのは、第二次大戦後、復興の終わった日本で、経済停滞論が多数説だった時に、これから10%を超える高度成長が始まるという点をはっきりと論じたところにある。この主張は当時の池田内閣の”所得倍増計画”の基礎となり、日本は昭和30年代半ばから高度成長時代に突入した。つまり下村は、単なる数式いじりでなく、直観力と分析力によってこの国の構造を分析することができた稀有の存在といってよい。この点は、戦前に植民地放棄論(「一切を棄つる覚悟」、1921年)を唱えた石橋湛山と通じるところがある。

 

・近年保守党内閣でも、経済停滞をうけて成長政策などが論じられてきた。しかしその論理は下村のそれとは大きく違う。下村の言う「成長政策とは・・・日本の国民が現に持っている能力をできるだけ発揮させる条件をつくろうということになる・・・成長を推進するのは国民自身であって、政府ではない」(下村著、p72-73,太字は筆者)。下村の成長論と現在の有識者会議などが叫んでいる成長政策との相違は、後者が、政府が成長をコントロールできると考えているところにある。今の学者は、車のアクセルを踏めば、クルマが加速するようなイメージで成長をとらえている。下村はそんなことはないし、国民が政府の干渉なしに、のびのびとその能力を発揮できることこそ、成長の源泉だと主張する。

 

・下村説に従えば、成長を達成するためには、政府が国民の創意を削ぐような余計な手出しをしないことが大事だ。現在世界はIT革新の最中にあり、100年に一度の大転換期に突入している。この時代に、IT現場感覚のない官僚や学者の言うことを聞いていては、この国はあっという間にIT後進国となる。

 

・シリコンバレー在住のエンジニア中島聡氏は、日本がIT革新に対応できない理由として、ITゼネコン論を唱えている。つまりアマゾンやアップルが日本で出てこないのは、政府が金をだし、それを一部のITゼネコンが受注し、その仕事を下請けに出し、実際のプログラムはさらに孫請けが行うという仕組みがあるからだという。この仕組みに頼ると、実際に作業を請け負うプログラマーの創意や発想は、国を変えていくようなエネルギーにはならない。

 

・ITゼネコンの実態は、たとえばNTTに乗り込んで、iモードを立ち上げたリクルート出身の松永真理さんの本を読めばよくわかる。松永さんたちの仕事は、上司の理解があって奇跡的にうまくいったが、その後は立ち消えとなってしまった。

 

・世界的なITの動きに立ち遅れ、経済力でも落ち目になってきたこの国の将来はどうなるだろうか。最近になっておもしろい動きが出てきた。茨城出身の中村喜四郎代議士は、無所属ながら連続当選を続けるつわものだ。今の学者や官僚は暗黙のうちに、現保守政権の永続性を想定している。だから政権にすりよる。しかし中村氏は現在の保守政権の基盤はそれほど盤石ではないとみる。その根拠は、保守党に属する若手政治家が、官僚や弁護士出身もしくは世襲のお坊ちゃんで、弁舌は爽やかだが、いわゆる”どぶ板選挙”をやらない(そんなみっともないことはやれない)ところにあるという。したがって野党が魅力ある候補を立て、投票率が上がれば、一挙に政権転換の可能性が生じると考える。この転換は、うまくするとITゼネコン体制を覆すきっかけになるかもしれない。

 

・こうした変化は、ある日突然に生じる可能性が高い。この機会に、歴史観のある有能なリーダーが庶民の中から出て、日本再生を担ってくれればさいわいだ。そうでなければ、日本経済はマイナス成長への道を進むことになる。

 

(参考)

・下村治、「日本経済成長論」、金融財政事情研究会、1962

・松尾尊充編、「石橋湛山評論集」、岩波文庫、1996

・中島聡、「エンジニアとしての生き方」、インプレスジャパン、2011

・松永真理、「iモード事件」角川書店、2001

・NHK政治マガジン、「『無敗の男』は何を仕掛けるのか」,2020.10.14