壇俊光著、「Winny」を読む
・この本のタイトルのWinny とは天才プログラマーといわれた金子勇氏が開発したP2Pプログラムのことだ。彼はこれを開発したため、京都府警に著作権違反ほう助の容疑で逮捕される(2004年)。この事件は最高裁まで行き、無罪が確定するが(2011年)、金子氏はそれから間もなく病没した(2013年)。
・この本は、金子氏の弁護人を務めた壇俊光氏が、裁判の経過をわかりやすく書き記したものだ。壇氏は大阪の町工場で育ち、工場で機械制御のプログラムを書いていたという経験を持つ。さらに町工場の社長であった父親が苦心して開発した機械の特許を、法律に無知であったために、顧客の企業に奪われてしまうという経験をしている(同書p114)。こうした意味で、彼はこの裁判の弁護人として適任者だったと思われる。
・この本は、大阪人の書いたものらしく、軽妙でユーモアに富み、読者を疲れさせない。ぜひ一読をお勧めする。
・この本を読んだ若干の感想を述べておく。
・特に気になったのは、マスコミの立ち位置だ。裁判の途中でNHK京都放送局の記者が金子氏にインタビューを申し込んだ時の手紙が残っている。そこには驚いたことに、①弁護は的外れ、②検察は犯罪事実の実証を進めている、③裁判は弁護側の言うようにはならないだろう、などの文言が書かれている(同書p76)。のちにNHK側からは謝罪があったようだが、これは弁護妨害と呼べるものだろう。
・どうしてこうしたことが起こったのか。ちょっと考えてみたのだが、要するにこのNHK記者は検察側と同じ立場に立つ仲間と思っていたのではなかろうか。つまりよい学校を出て、よい就職先に勤める。いわば現代日本社会の勝者といえる人たちに属するのだろう。
・彼らからすれば、2チャンネルという怪しげな”場”で議論を戦わせ、しかも既存の秩序を壊すようなソフトを作る人は、社会秩序を混乱させる元凶であり、しかるべくけん制を加えておく必要があると思ったのではなかろうか。
・ところが困ったことに、社会を変革するようなイノベーションを起こすのは、こうした”困った”人たちなのだ。日本語でいえば、”傾き者”だ。
・これはメリッサ・シリングの「世界を動かすイノベーターの条件」を読めば、よくわかる。この本の原題は”Quirky”だ。この言葉は、辞書を引けばわかるように「奇抜な」とか「癖のある」といった意味を持つ。つまり世界を変えるようなイノベーターは、優等生の常識では割り切れない変わり者なのだ。
・シリング教授が取り上げたのは、EVのテスラを作ったイーロン・マスクや電磁気学の天才である二コラ・テスラ、アップルのスティーブ・ジョブズなどだが、要するに彼らは既成の枠組みに入りきらない。ブラックスワンのナシーム・タレブの言葉を借りれば、「大学中退組やませた高校生」なのだ(反脆弱性、p368)。彼らは日本のエリート層とは程遠い。
・余談になるが、タレブの本には、日本のエリート官僚を皮肉ったところがあるので、暇な人は見てほしい(タレブ、P226)。
・日本社会が、マスクやジョブズのような変わり者の存在を許容できないと、IT社会の未来は開けない。
・最後に2チャンネル開発者の”ひろゆき”さんの言葉を載せておく。
「LINEでの動画共有とかビットコインなどの仮想通貨とか、P2Pといわれる技術が使われれています。その最先端がWinnyでした。金子さんがいれば、日本で発展した技術が世界で使われて、世界中からお金が入ってくるみたいな世の中にできたかもしれなかったんですけれどね」(壇書の「発刊によせて」)。
(参考)
壇俊光、「Winny」、インプレスR&D、2020
メリッサ・シリング、「世界を動かすイノベーターの条件」、日経BP、2018
ナシーブ・ニコラス・タレブ、「反脆弱性」望月衛監訳、千葉敏生訳、ダイアモンド、2017