クルマのEV化とソニーの可能性
2021.03.20
・ソニーは昨年1月のコンシューマー・エレクトロニクス・ショウ(CES2020、ラスベガスで開催)でVISION-Sと名付けた電気自動車(EV)を発表した。
・これを受けて、日本でもソニーのEV進出が注目され始めている。
・筆者は、残念ながら、この可能性に関してはやや懐疑的だ。それはEVがIT技術の塊であり、ソニーは、残念ながら、それを実現できる体質がなさそうだからだ。ここでIT企業とはいわゆるGAFA(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン)のことを指す。
・なぜソニーはIT企業になれなかったのか。実はこの点に関して、久多良木健氏の動きがずっと気になっていた。彼はご家庭用ゲーム機「PlayStation」の生みの親で、SCEを経てソニーの副社長となり、2007年にソニーを退任した。最近新興AIのアセントロボティックスのCEOに就任した(2020年10月)。
・筆者が、彼に興味を持ったのは、ゲーム機性能の要が3Dなど複雑な描画力の高速化にあり、それが逆にCPUの発展形態を大きく変えたからだ。だとすれば、この転換を利用すれば、ソニーをIT企業化できたのではなかったか。
・具体的に言うと、3Dグラフィックスで高速描画をするのはCPUではなく、GPU(Graphic Processor Unit)である。GPUは高速並列計算が得意なことから、現在ではAI(ディープラーニング)の計算にも使われている。有名な製品としては、エヌビディアのGeForceやAMDのRadeonなどだ。ちなみにRadeonを開発したATIは2006年AMDに54億ドルで買収された。
・ソニーの話に戻るが、同社はPS3の開発にあたり、CPUの新規開発に取り組んだ(参考文献[2]、p166)。具体的には東芝、IBMと組んで次世代プロセッサーを開発することにした(2000年)。しかし性能の焦点はグラフィック・チップの開発に移っており、この分野ではエヌビディアなどがすでにGPUを開発していた。このため久多良木氏は、グラフィックチップに関してはエヌビディアとの共同開発に踏み切った(2002年)。
・ここで「歴史上のIF」なのだが、もしも久多良木氏がCPUからGPUへの役割交代というITトレンドを理解しており、グラフィック・チップに注目し、そのキー技術を握るエヌビディアの買収に踏み切ったら、どうなっただろうか。ソニーはGPUをてことして世界的なコンピュータ・メーカーになれたのではないだろうか。
・なぜそうならなかったかは、上記文献を読むとなんとなく理解できる。どうもソニーはCDやBD(ブルーレイ)などの会社であり、これをゲーム機に乗せることにエネルギーを注いだからのようだ。
・こうしてソニーはITの奔流から外れていく。ソニーのウォークマンがアップルのIphone (2007年発売開始)に敗れ、また子会社のソニーピクチャーズがサイバー攻撃にあい、大きな損害を受けたのは2014年のことだ(この件に関しては参考文献[3]が詳しい、第6章)。
・つまりソニーは、基本的に音響・映像メーカーであり、このためIT企業にはなれなかった。これはちょうどホンダが内燃エンジンを基盤技術として伸びてきたため、「エンジン屋」の枠組みを抜けられなかったのと似ている、
・EV(電気自動車)に戻るが、テスラは、CPU開発から、工場レイアウト、OTAまで全部自社でこなしている。またEVを横目に見るアップルも最近はCPUの内製化に踏み切っている(M1)。こうしたITの世界に、ソニーが、センサー技術と音響技術だけで挑戦していくのはかなり難しい。
・惜しむらくは、久多良木氏がソニー本社に戻らずSCEにとどまり、エヌビディアの買収にでも踏み切っていれば、だいぶ様相が変わっただろう。ちなみにエヌヴィディアは自動運転のソフトにも進出しており(NVIDIA DRIVE AV)、この分野の有力企業となっている。まさにEVのカギとなる技術を握っているのだ。
・振り返ってみれば、今から半世紀以上も前に、東京通信工業製(ソニーの前身)のテープレコーダを利用し、しょっちゅう壊れるものだから、品川工場に修理に持ち込んだ者としては、ソニーの今の現状はちょっとはがゆい感じがする。
(参考)
[1]安藤智彦、「電気自動車(EV)で注目の日本企業は『ソニー』である理由」、Newsweek,2021.02.02
[2]西田宗千佳、「漂流するソニーのDNA」、講談社、2012
[3]David E.Sanger,The Perfect Weapon,Broadway Books,2019