オリンピックの経済学
2021.05.16
・コロナウィルスの接種も進まない今日この頃だが、、菅政権には、オリンピック中止のオプションは念頭にないようだ。少し頭を冷やすために、海外の論調を見てみよう。
・IOCのバッハ会長は、本年1月に「オリンピックを本年7月に開催しない理由はない」と述べた。これはニューヨークタイムズ紙によると、”Money,money and money”のためだそうだ。日本人はオリンピックというと、クーベルタン男爵の崇高な理念を思い出す。しかし現実には、オリンピックはマネービジネス以外の何物でもなくなっている。
・IOCの収入の73%はテレビなどの放映料による。2014年にアメリカのテレビ局NBCは2022年から32年までのオリンピック独占放映に関する権利獲得の代償として、IOCに77.5億ドルを支払った。オリンピック開催中止はこの収入に傷をつけかねない。
・しかし開催国の日本では、一部の政治家や関係者を除いて、開催には疑問の声が強い。それは、オリンピック開催によって、コロナウィルスの感染爆発が起こりかねないからだ。
・このような状況で、IOCが日本に開催を強制するのは、ワシントンポスト紙の言葉を使えば、ぼったくり男爵(Von Ripper-off,a.k.a.)に他ならない。
・こうした折に、オリンピック開催国の投資行動を分析した論文がオックスフォード大学の研究者によって発表された。以下内容を簡単に紹介する。
・彼らは1960年から2016年に至るオリンピックゲームの開催に要した費用データを集め、それに統計的分析を加えることで開催国の投資を分析した。その結果は極めて興味深い。
*オリンピック開催の初期費用見積もりに比べた、実際の費用の上昇率は平均して172%となる。つまり当初見積もりより倍近い費用が、開催国にかかってくる(インフレを引いた実質額で比較)。つまりオリンピックを開催するということは、大幅なコストアップというリスクを引き受けることと同じだ。このアップ率は他の大規模プロジェクト(道路建設、ダム建設など)に比べてはるかに高い。しかもこれはべき乗則に従うため、平均や分散の予測が基本的に不可能だ。
*なぜこのようなことが生じるかは、以下の理由による。
1)一端開催を引き受けると、それをキャンセルすることは極めて難しい。
2)開催期日が決まっているため、期日の変更によるコスト削減が難しい。
3)IOCはこうしたコストアップを開催国に押し付け、自らは何の責任も持たない。
4)各競技施設の仕様などが詳しく事前に決められており、コスト削減が難しい。
5)開催の決定から実施に至るまで7年程度あるため、その間さまざまなブラックスワン現象が生じるが、そのリスクを予め想定できない。
6)毎回開催国が変わるため、開催国は十分な経験なしにこうしたビッグプロジェクトに取り組まざるをえない。
・彼らの改善案は以下の通り。
*IOCはこうした財務上のリスクの存在を認めるべき。そして十分な予備費用の計上を開催国に行わせる(現時点の数字は10%以下でとても足りない)。
*IOCはこうしたコストリスクの一部を負担すべき。
・こうした状況をみれば、近年オリンピック開催希望国(都市)が減りつつあるのは理解できる。最近では、バルセロナ、ボストン、ブタペスト、ダボス、ハンブルグ、クラカウ、ミュンヘン、オスロ、ローマ、ストックホルム、トロントなどが辞退に踏み切った。つまりオリンピックは、コストを考えれば、もはや開催国にとって”夢の祭典”ではなくなっている。
・日本に戻ると、IOCに良いように振り回されている感じがする。日本の政治担当者は、これを率直に認め、国民にとって一番コスト(コロナ感染を含む)のかからない道を模索すべきだろう。
(参考)
・Jules Boykoff,"A Sports Event Shouldn't Be a Superspreader.Cancel the Olympics",New York Times,May 11,2021
・Sally Jenkins,"Japan sould cut its losses and tell the IOC to take Olympic pillage somewhe ",Washington Post,May5,2021
・Bent Flybjerg,Alexander Budzier and Daniel Lunn,"Regression to the tail:Why the Olympics blow up",Economy and Space,Vol.53(2) 232-260,2021