化石燃料(石油・天然ガス・石炭)時代の終わり
2021.09.12
・日本では、菅首相の引退に関して注目が集まっているが、氏が提起した温暖化ガスの2050年排出量実質ゼロの公約はどうなるのだろうか。
・実際のところ、IPCC(国連気候変動に関する政府間パネル)によれば、産業革命以来の温度上昇を1.5度Cに保つためにわれわれが使えるカーボン・バジェット(炭素予算)の残りは、580ギガトンCO2にすぎない。
・最近、UCL(ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン)の研究者が、この値を前提にして、化石燃料の使用可能量を計算し、その値を現在の化石燃料の確認可採埋蔵量と比べてみた(TIAM-UCLモデルを使用)。その結果はかなり衝撃的である。彼らの結論は以下の通り。
*2050年までに、石油とメタンガス埋蔵量のほぼ6割、石炭埋蔵量のほぼ9割が地中にとどまる。
*実際のところ、世界の石炭生産のピークは2013年、石油生産のピークも2019年あたりになると見込まれている。
*IPCCレポートでは、、2050年の一次エネルギー供給に占める石炭の比率は1-7%、石油は2020年比で39-77%の水準、同じくガスは2020年比13-62%の水準にとどまる。これはCDR(carbon dioxide removals)の利用も想定した上でのことだ。
*2100年には、2050年以降の化石燃料消費による埋蔵量の低下を考慮に入れても、石油の経済的利用可能埋蔵量の43%、メタンは50%が地中にとどまる。2050年以降は化石燃料は石油化学分野での使用が中心となる。
*この結果を前提とすれば、エネルギー業界や化石燃料産出国にとっては厳しい未来が待ち構えている。埋蔵資源が資産ではなくなるからだ。特に中東(MEA)や旧ソ連(FSU)にとって将来が厳しい。
・こうしてみると、温暖化問題は、化石燃料を資産から負債に変える効果を持つといえそうだ。
・これは化石燃料問題に限らない。現代は資産と思って投資した部分が負債となって戻ってくるケースがかなりあるからだ。最近の例はオリンピックだ。たとえば東京オリンピックにおけるメインスタジアム建設がそれにあたる。結局無観客で開催されたため、メインスタジアムの投資は無駄になった。
・オリンピック投資に関するこうした問題点に関してはオックスフォード大学のフライバーグ教授がすでに詳しい検討を行っている。
・さらに視野を広げれば、これは投資に関するリアル・オプションの問題につながる。現代の投資問題は、ブラックスワンの存在を考慮すれば、従来のようにコストベネフィット分析を利用した単線的な手法では対応できなくなっている。
・今回の、化石燃料に関するUCLの研究も、その一つだ。日本のエネルギー関連産業はこうした状況の変化に敏感だろうか。長期にわたる天然ガス輸入契約、化石燃料利用の発電施設に対する投資を、過去の延長として続けていれば、それは中長期的に、企業の存続にかかわってくる。ここにe予測による将来展望の必要性が生まれる。
(参考)
・Bianca Nogrady,"Most fossil-fuel reserves must remain untapped to hit 1.5°C warming goal",Nature,08,Sept.2021
・Dan Welsby,James Price,Steve Pye & Paul Ekins,"Unextracatable fossil fuels in a 1.5 °C world",Nature,597,203-234,2021
・Rogelj,J.etal in Special Report on Global Warming of 1.5°C,c.1.3,pp12,IPCC,WMO,2018
・Bent Flybjerg,Alexander Budzier and Daniel Lunn,"Regression to the tail:Why the Olympics blow up",Economy and Space,Vol.53(2) 232-260,2021
・A.K.Dixit & R.S.Pindyck,Investment Under Uncertainty ,Princeton Univ.Press,1994
・Adner, R. and D. A. Levinthal“What Is Not a Real Option: Considering Boundaries for the Application of Real Options to Business Strategy,” Academy of Management Review,Vol. 29, No1: pp. 74-85.,2004