ケインズ・ティンバーゲン論争とその後の展開
2021.10.09
・ケインズについて知らない人はいないだろう。ティンバーゲンはオランダ生まれの計量経済学者で、1969年にノーベル賞を受賞。
・ティンバーゲンが国際連盟から委託を受け「景気循環論の統計的検証」を公刊したのは1939年だった。これは世界最初のマクロ計量モデルといわれている。
・これに対してケインズがやや感情的ともいえるほど反発したことはよく知られている。しかしケインズがそこで提起した問題は、現代から見てもなかなか興味がある。
・ケインズは、経済システムが連立体系で表され、それが過去の統計データによって識別できるということに懐疑的だった。それは、経済関係が時間とともに変化し、しかも因果関係には定量できない要素が多く含まれるからだ。
・この問題は、その後AI(人工知能)の分野で深く取り上げられてきた。興味ある方はチューリング賞を受賞したジュディア・パールの「The Book o f Why」を参照されたい。ここでわかったのは、既存の統計データだけからは因果関係は導けないということだ。これに関しては、たばこの喫煙と肺がんとの関係をめぐる論争が大きな役割を果たしている。もしもどうしてもデータから因果関係を導きたければ、フィッシャーの実験計画法に頼るほかはない。しかし経済データは歴史であって、実験(再現)はできないから、これは無理な注文だ。
・ここで話が飛ぶのだが、経済予測と同じような状況にあるのが気象予測だ。最近真鍋叔郎博士がノーベル賞を受賞されて、この分野に注目が集まるようになったが、ここでのシチュエーションは以下の通りだ。
*過去のデータは豊富にある。
*基本的な方程式は立てられる。それにもとづいて数値計算が行える。
*しかし気象システムは多重均衡で、カオスが存在する(引用文献[5]の編者の一人がバタフライ効果のロレンツであることに注意)。
*しかし気象予測のニーズは高い。そこで大型コンピュータを使って計算するのだが、”アンサンブル予測”という方法を用いる。すなわちモデルの初期値を少しだけ変えて数十通りほど計算を行い。予測幅を見いだす。
・なぜケインズ・ティンバーゲン論争から気象予測まで話が広がったかというと、現在われわれはe予測システムを構築中だからだ。すでに計算系のプログラムはほぼ終了し、表示系の開発に進んでいる。両者はデータベースで結ばれる。
・開発がここまで進んだので、e予測がどのような意味を持つかを、ユーザーわかりやすく説明する必要がでてきた。それには、以下の点を明らかにしていかねばならない。
*経済予測の問題点はなにか(基本的に将来は不確定)。
*予測の背景となる経済モデル自体が、特に2008年の金融危機以降揺れているときに、どの関係枠(理論)を予測基盤として用いるのか。
*時代が大きく動きつつあるときの予測はフレがちになるので、様々な想定のもとに瞬時の結果が必要になる。つまり気象予測におけるアンサンブル予測を迅速に行えるシステムでなければならない。
・今回のブログはe予測解説の準備メモと理解していただきたい。
(参考)
{1]Donald Moggride ed.,The Collected Writings of John Maynard Keynes,Part II,Defence and Development,pp285,pp295,pp299
[2]本郷亮、「<翻訳>J.ティンバーゲン「景気循環の統計的研究の方法について:ケインズへの回答」(1940年)、経済学論究、Vol71,Num=1,pp225-250,2017.06.20
[3]根井雅弘、「ケインズを学ぶ」、講談社現代新書、1996、pp182
[4]Judea Pearl,Dana Mackenzie,The Book of Why,Basic Books,2018
[5]Lindzen ,Lorenz etal ed.,The Atmosphere-A Challenge the Science of Jule Gregory Charney,American Meteorogical Society,1990