バーナンキ氏のノーベル賞受賞に関して
2022.10.22
・2022年度のノーベル賞(スウェーデン銀行賞)の一人にバーナンキ氏が選ばれた。ともあれめでたいことだ。
・ただしちょっとした違和感を覚えた。以下それを説明する。
・話は2008年の金融危機に戻る。当時バーナンキ氏はFRB議長を務め、金融危機からの経済回復に力を注いでいた。
・問題は、当時の同氏の経済に対する認識だ。彼は金融危機以前は、いわゆる「偉大なる中庸」論(the great moderation)を唱え、経済学の進歩によって経済は制御可能になったという立場をとっていた。
・それが金融危機に直面して、一転見解が変わる。その一例をあげる。
ボストンカレッジ・ロースクールの卒業式における講演(2009年)。
「エコノミストであり、政策策定者として、(私は)将来予測に多くの経験を積んできた。なぜなら政策決定に際しては、異なる政策が経済の将来動向にどのように影響するかを予測せざるを得ないからだ。したがってFRBは経済予測に多くの資源を投じてきた。
同様に、個々の投資家や企業家は将来経済がどうなるかを知るために、多額の資金を投じる。したがって多くの秀才が、最も複雑な統計モデルやツールを、経済予測のために利用してきた。しかしその結果は期待外れだった。気象予測と同じく、経済予測は複雑系を対象とする。このシステムはランダム・ショックに振られがちで、我々の持つデータや理解は不完全だからだ。
ある意味で、経済予測は気象予測より難しい。なぜなら経済は(気象における)分子が物理法則にしたがうのとは異なり、個別主体が将来について考え、それに基づいて行動するからだ。たしかに歴史的な関係や経験式は将来予測に役立つが、注意して用いる必要がある。」
・この講演の内容自体に問題はない。ただし気になるのは、「偉大なる中庸」論はどこにいったかだ。バーナンキ氏は、上の講演で、既存の経済学が現実の説明に役立たないことを認めている。故エリザベス女王が、英国の経済学者に、「なぜこのようなことになったのですか」と問うたのも、この時のことだ。
・それから約14年が経とうとしている。しかし現実を説明する新たな経済学が生まれた様子はない。経済学が現実を説明できないとすると、何の役に立つのか。これでは経済学は経済学者を食べさせるための道具になってしまう。こうしてみると、そろそろスウェーデン銀行賞も終わりにしたらどうだろうか。それに代わってIT賞を作ったらどうだろう。
・IT革新に関しては、世の中を一変させた人物は多い。たとえばリナックスを作ったリーナス・トーパルズ、インターネットの設計原理を打ち立てたティム・バーナーズリーなど多士済々だ。テスラやスターリンクを作ったイーロン・マスクもその一人だろう。ノーベル物理学賞や医学賞は世の中の進歩に役立つ発見をした人を対象としているようだ。これに倣えば、IT賞があってもおかしくない。
(次回は出張のため一回お休みします)。
(参考)
・Bernanke B.,Commencement address, May 22,2009
https://www.bis.org/review/r090527a.pdf