日本経済ビッグプッシュの必要性
2023.05.07
・まず国会質問の内容から、
「総理大臣をはじめとして、閣僚全体が現在の日本の内外情勢を認識して国政を改革する熱意もなければ、気迫もない。ただ目の前にある仕事をこなすだけで日々を過ごしている。こうした政治のゆるみが今の問題を生じたのである」
・これは今の話ではない。斎藤隆夫が1936年に行った粛軍演説の一部である(現代語に翻訳してある)。原文は以下のとおり。
「畢竟するに総理大臣を初めとして、閣僚全体が真に今日我国内外の情勢を認識して、国政改革を断行するだけの熱意もなければ気迫もない。勇気もなければ真剣味もない、ただ目前に現るるところの国務を弥縫して持って一日の安きを貪る、かくのごとき弛緩せる政治状態が過去何年かの間継続しました結果、遂に今日の現状を惹起したのであります」(斎藤、p234)。
・あれから80年以上が経っても、政治の世界で同じことが繰り返されているのは、いささか情けない。世界はIT革新の波と、新興国家の勃興で不安定期に入り始めている。これに対する日本の対応はちょっと情けない。このままでは、経済大国の夢も早晩消え去るだろう。
・ではどうすればよいか。ビッグプッシュ(big push)が必要だ。これは経済史家アレンの造語だが、要するに「必要な改革をワンセットにして断固として実行すること」を意味する(Allen,p131)。
・日本はこれを体験したことがある。太平洋戦争が終わった後の進駐軍の行った一連の改革がそれだ(農地解放、労働組合の合法化、財閥解体など)。
・その意義をよくわかっていたのが、エコノミストの下村治だ。彼は戦後の復興期が終わったとき、経済停滞が始まるという議論に真正面から立ち向かい、これから高度成長が始まると”予言”し、実際にそうなった。その論拠が面白い。「戦前の日本は暗澹たるもの」(下村 ,p208)だったが、戦後はこの重しが取れた。これによって「経済成長を推進するものはなにか。・・・それは要するに人間だということです。人間の創造力だということです。・・・そういうものが自由に発揮することがあって、はじめて経済の成長が生まれる」(下村、p296)。
・つまり経済成長が実現するのは、人々の上に伸し掛かっている”重し”が取れて、人々の創造力が十分に発揮される環境が必要だということだ。成長に必要なのは、資本や労働や全要素生産性の政策的拡大ではない。これらは成長の事後的(ex post)指標に過ぎない。”重し”を外すことが肝心だ。これがアレンのいうビッグプッシュのことだ。太平洋戦争の終結時には、進駐軍がこれをやってくれた。今回は誰がやるのだろうか。
(参考)
・Robert Allen,Global Economic History,Oxford,2011
・斎藤隆夫、「回顧70年」、中公文庫、1988
・下村治、「日本経済成長論」、金融財政事情研究会、1962