日本型意思決定の問題点
2023.08.26
・日銀が異次元緩和を決めたときの議事録が、10年を経て公開された。
・これを読んで思うのは、日本の官庁の意思決定過程の古臭さだ。
・日銀が、「デフレから脱却するには、2年程度で2%のインフレ目標を達成する」という目標を掲げるのはいい。問題はその論議の仕方だ。各委員がそれぞれ形容詞的な論議を展開し、それを総括する形で、議長が異次元緩和を決めている。そこには異論同士の対決もなければ、政策効果とコストに関する定量的論議も欠けている。もちろんこの緩和に対する慎重論はあるが(例:佐藤健裕委員、議事録p89)、大勢に流されていく。
・現代であれば、経済モデルを使って日本経済の現状と将来をシミュレーションできる。これを用いて、以下の作業を行えばよい。
①まず今後10年程度の日本経済の現状維持ケースを計算する(bauケース)。
②次に日銀が異次元緩和を行ったときの日本経済の姿を計算する(異次元緩和ケース)。この際にも、緩和期間の設定などいくつかのサブケースが生まれる(緩和期間2年、5年など)
③両者の差を計算し、異次元緩和の日本経済への成長率寄与や、物価上昇へのインパクトを求める。つまり緩和のメリットとコストを定量的に計算する。それに基づいて議論を進める。
④なおこうした計算の際には、外的環境の設定によって結果が大きく異なる。したがってアメリカ経済の動向や、為替レート、原油価格などに関して、いくつかの想定を置き計算を行うことが必要だ。
・議事録をみると、緩和を行ったときの日銀のバランスシートに関しては議論が行われている(議事録、p105)が、上に示したようなシミュレーションは行われていないようだ。日銀はマクロモデルを持っているのだから、それを政策論議にもっと活用すべきだ。そうすることで議論に厚みが増す。
・この日銀の政策決定過程を見ていて、思いだしたのが、昭和15年9月、日本が三国同盟に参加するか否かに関する海軍の最終決定の会合だ(阿川、p376)。
・その席上、
*及川海軍大臣は、「もし海軍が反対すれば、第二次近衛内閣は総辞職のほかはなく、海軍として内閣崩壊の責任を・・・とれないから、同盟条約締結に賛成願いたい」と述べた。
*これに対し山本五十六は、「企画院の物動計画によれば、その8割は、英米勢力圏内の資材でまかなわれることになっておりました。今回三国同盟を結べば、必然的にこれを失うが、その不足を補うために、どういう物動計画の切り替えをやられたか。この点を明確に聞かせていただきたい」と質問。
*これに対し及川海軍大臣は、一言も答えず、「いろいろ議論もありましょうが、・・・この際は三国同盟にご賛成願いたい」と述べる。
*これに大角軍事参事官が「私は賛成します」と発言し、以下賛成が相次ぎ、戦争への道が開かれた。
・映画山本五十六(2011年)で役所広司が山本五十六役を演じ、このシーンを再現したから、覚えている人も多いだろう。
・全くいつになっても日本の官庁の意思決定システムは近代化せず、きちんとした議論が行われない。そしてそのツケは国民に回ることになる。
・ちなみに、当方が現在開発中のe予測はこうした意思決定の近代化を図るためのものだ。
(海外出張のため、2回ほど休みます)
(参考)
・日本銀行、「政策委員会・金融政策決定会合議事録」2013年4月3日、4月4日
・阿川弘之、「山本五十六」、新潮社、2020