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Radical Uncertainty(仮訳:『本源的な不確実性』)を読む

Radical Uncertainty(仮訳:『本源的な不確実性』)を読む

 2023.11.05

 

・本書は、ジョン・ケイ(オックスフォード大学教授)とマービン・キング(金融危機時の英国銀行総裁)の共著になる大著だ(本文430ページ)。著者はともに75歳だから、経済学の知識と現実社会に対する洞察がうまくかみ合う年頃でもある。

 

・彼らがこの本を執筆した動機は、2009年の金融危機時に”女王が発した問い”に答えることである。

 

・”女王の問い”とは、金融危機時に、英国のエコノミストに対して発せられたもので、「なぜこの危機が来ることを誰もわからなかったのですか」というものだ(文献1、p382)。彼らの判断によれば、答えの鍵は、将来に関する不確実性(彼らはこれを本源的な不確実性と呼ぶ)をどうとらえるかにある。

 

・エコノミストの中には、この問題を真正面からとらえようと試みた者もいる。

 

・たとえばシカゴ学派のフランク・ナイト(確率によって予測できるリスクと不確実性を区別)とマクロ経済学の開祖ケインズだ。ケインズは、「銅価格の変動、20年後の利子率・・・」などは「まったくわからない」(We simply do not know)と述べている(参考文献2)。

 

・著者らによれば、こうした考え方はその後の経済学(彼らはスモールワールドと呼ぶ)で完全に無視されてきたという。

 

・スモールワールドとは、シカゴ派の統計学者、レナード・サヴェッジによるもので(文献2、p16)、以下のようなとらえ方である。

 

 *企業や経済は定常過程に従い(何が起こるかを確率的に知っている)、企業家は意思決定に際し、最適化を行う。

 

・ジョン・ケイとマービン・キングはこの考え方こそが、エコノミストが2008年の金融危機発生を見抜けなかった原因であるという。彼らはそれに対比する思考としてラージワールドを提唱する。

 

・つまり、

  ①経済や企業の実態は”非定常”(non-stationary)である。

  ②各主体は”最適化”しない(もしくはできない)。

  ③人間は社会的動物であり、意思決定に際しては対話が決定的に重要になる。

 

・そして実際例として、石油危機を予知したワック(Wack)、株式や金融投資のワレン・バフェット(Warren Buffett)、ジョージ・ソロス(George Soros)、ジェームス・シモンズ(James Simons)などをあげている(p319)。ジェームス・シモンズは、日本ではあまり知られていないが、実に面白い人物なので別稿で取り上げたい。

 

・本書は、経済をとりまくRadical Uncertainty(本源的な不確実性)に関して、様々な対処法を模索しているが、その部分は実例的をあげるにとどまり、やや物足りない。

 

・やや我田引水になるが、当方が開発中のe予測は、マービン・キングらのいうラージワールドにおける将来経路を探索するソフトである。現在作業中だが、製品が完成次第、様々な形でご覧にいれたい。

 

(参考)

1)John Kay,Mervy King,Radical Uncertainty,W.W.Norton,2020

2)J.M.Keynes,”The General Theory of Employment”,QJE,Vol.51,No.2,1937

3)L.J.Savage,The Foundations of Statistics,Dover Publications,N.Y.,1972

4)Angela Wilkinson & Roland Kupers,The Essence of Scenarios,Amsterdam Univ. Press,2014

5)室田泰弘、変動期における経済予測とシミュレータの開発、経済学論究 71 (2), 1-16, 2017-09-20