イーロン・マスクの中国訪問とその意味
2024.05.04
・最近テスラのCEOイーロン・マスクが中国を訪問し李強首相と面会したことが話題を呼んでいる。テスラはこれによってバイドゥ(中国最大の検索エンジン会社)の道路走行情報を自社のFSD(Full Self Driving)開発に使えるようになった。ちなみにテスラはFSDのサブスクリプションを、普及拡大を狙って月99ドルに値下げしている。
・まずテスラにとってのメリット。FSDを完成させるためには、AIに大量のデータを学習させる必要がある。この意味で中国の地理データを使えることは大きい。テスラは最近C++で書いていたFSDのソフト(一説では30万行に及ぶという)をAIで完全に代替したようだ。それを磨き上げるには、自社で販売したEVの走行データだけでは足りず、この意味で中国データを使えることの意味は大きい。
・IT専門家の中島聡氏は、テスラのヘビー・ユーザーだ。彼によると、
「FSD付きとそうでない車の関係はスマフォとガラケーと同じだと思います。FSDは、『一度経験したら、なくてはならないものになり』、将来は『FSDなしに人が自動車を運転していた時代があること自体が信じられない』時代が来ることは確実だと思います」(参考文献[2])。
・つまり既存の自動車メーカーもFSDを装着し、サブスクリプションをテスラに払う時代が来るかもしれない。
・では中国側にとって、テスラと組むメリットは何だろうか。アメリカの経済学者ロゴフ等によれば、中国が不動産バブルの崩壊で受けたマクロ的インパクトはGDPの2-2.9%に及ぶという(参考文献[3],P35)。彼らの論文は産業連関表を用いて、わかりやすく論じているので、一読の価値がある。いずれにせよ、中国側にとっても、コロナショック後の新たな成長喚起策として、EVとその自動運転ソフトFSD普及は魅力的だろう。いわばアップルとフォックスコン(生産は中国本土)との関係を、テスラとバイドゥに結ばせるということだろうか。
・こうした動きは、残念ながら、日本の自動車産業を素通りだ。このままでいくと、日本の自動車産業は難しい時代に突入する可能性がある。筆者は、モデル計算した「日本から自動車産業が消える日」を、来年あたり発表する予定だ。ちなみに昨年3月発表した「1ドル180円の時代」(YouTube)は、おかげさまでユーザーからいろいろな角度で議論していただいている。
(参考)
[1]Edward White & Peter Campbell,"What does Elon Musk's China trip mean for Tesla",FT,May 02,2024
[2]中島聡、Life is Beautiful,2024.04.30
[3]Kenneth S. Rogoff & Yuanchen Yang,"Peak China Housing",NBER Working Paper,27697,Aug.2020